「あとはよろしく」と無能な上司に丸投げされて疲れた私が、気を利かせるのをやめて「給料分のモブキャラ」になった記録

「……それ、私の仕事でしたっけ?」
金曜の夕方に投げ込まれたこのタスクのせいで、また週末の予定をキャンセルしなければならないという事実に、ただただ徒労感が募っていました。
会議の残り時間が5分を切ったタイミングで、あるいは「参考資料」という名のリンクが1つだけ貼られたチャットと共に飛んでくる、「あとはよろしく」という一言。
トラブルが起きるまで一切発言しないくせに、一番重い選択だけは平社員の私にスライドさせてくる。
怒鳴られるわけでもありません。
ただ「君の成長のためだ」という都合のいい免罪符を使って、リスクの伴う判断だけを下請けのように私に回し、自分は安全圏から「承認」するだけのシステム。
その尻拭いに追われ、気づけばオフィスに最後まで残っているのは私だけでした。
これは、真面目に責任を背負って自爆していた私が、会社への期待を損切りし、上司を「人間」として扱うのをやめ、したたかにスルーする術を身につけるまでの記録です。
私はいつから、アイツの「都合のいい無料の下請け」になったのか
「A案とB案, どっちがいいと思う? 方向性はそれでいいと思うから、あとはよろしく」 チャット画面に表示されたその一文を見て、私の感情は完全に「無」になりました。
いや、なんで私がアイツの尻拭いをするわけ?
アイツはチャットで「よろしく」と数秒打つだけで私よりも稼いでいるのに、その裏で何日もかけて泥臭く調整している私には1円の還元もない。
一番重い「決断」の責任すら、なぜか平社員の私にスライドさせてくる。
私が作った資料の「エクセルの体裁」だけを直して仕事をした気になり、役員もいるような大きな会議に限って「君の進め方がマズかったんじゃない?」と急に評論家ヅラで梯子を外す。
そして、上手くいった時だけは「私が彼をうまく回しまして」と自分の手柄に変換する。
私はいつから、アイツの人生をイージーモードにするための「都合のいい無料の下請け」になったのだろう。
このバグみたいな構造に気づいた時、怒りというよりは、底知れぬ徒労感だけが残りました。
いくら私が不満を抱えようと、アイツが変わることは絶対にありません。
なぜなら、アイツにとってはこの「私が泥を被り、自分が手柄を独占するシステム」が、あまりにも快適に完成してしまっているからです。
そんな相手に「いつか気づいてくれるはず」「上司としてまともに振る舞ってくれるはず」と期待すること自体が、そもそも間違っていたのだと悟りました。
無いものねだりをして、勝手に期待し、勝手に裏切られて疲弊する。
そんな、自分を削るだけの不毛なループはもう終わりにしよう。
アイツがとるべき責任を私が背負わされているという事実に、もうこれ以上、1ミリも心をすり減らしたくない。
私はここで初めて、アイツに「まともな上司」を期待することに見切りをつけたのです。
丸投げに「誠実」で返してはいけない。正論を信じて私が自爆した3つの記録
もちろん、最初からすべてを諦めていたわけではありません。
かつての私は、ネットやビジネス書に書かれている「優秀な部下の振る舞い」みたいな正論を馬鹿正直に信じ、この理不尽な状況をどうにか好転させようと足掻いていました。
でも、それが一番の罠でした。
私が誠実に対応すればするほど、上司はさらに何もしなくなり、私だけが過労死ラインに近づいていくという「セルフ罰ゲーム」に陥ってしまったのです。
①「自分がやらなきゃ」と責任を背負い込んだら、上司がただの「傍観者」になった
「自分の仕事の枠を超えて、当事者意識を持とう」
そんな言葉を真に受けた私は、上司が拾わないボールを「私がやらなきゃ」と片っ端から拾いにいきました。
その結果どうなったか。上司は「あいつが何とかしてくれる」と完全に傍観者になりました。
当事者意識を持てと偉そうに語るくせに、いざトラブルが起きて、他部署の担当者にメールで平謝りしたり、板挟みになって怒られたりするのは全部私。
上司は急に「君の伝え方がマズかったんじゃない?」と評論家ポジションに逃げるだけです。
「気づいて拾った人間が、すべての責任を負わされる」。
これがこの職場のバグったルールだったのです。
②「あとは選ぶだけ」の状態までお膳立てしたら、上司は「選ぶこと」すらやめた
上司が決断できないなら、私が判断材料を完璧に揃えてあげればいい。
そう思って、先回りして「これとこれ、どっちにしますか?」と選ぶだけの完璧な比較資料を作って持っていきました。
しかし、返ってくるのは「君のいいと思う方で進めてよ」。
結局、上司は「選ぶ」ことすら放棄し、完全なる思考停止状態に陥りました。
なのに、後から些細な問題が起きると「なんであの時、もっとB案のデメリットを強く言ってくれなかったの?」と後出しジャンケンで私のせいにしてくる。
「親切にお膳立てをすればするほど、上司の責任逃れを助長するだけ」という最悪のシステムが完成してしまったのです。
③タスクを早く終わらせても、待っていたのは「定時退社」ではなく「追加のゴミ」だった
丸投げされたタスクを、とにかく早く終わらせてしまえば楽になる。
そう信じて、昼食の時間も削って爆速で打ち返したこともありました。
しかし、仕事を早く終わらせた私を待っていたのは、平穏な定時退社ではありませんでした。
「手が空いてるみたいだから、これもお願いできる?」
処理能力を上げれば上げるほど、「期待しているよ」という都合のいい言葉とともに、さらに重くて面倒なゴミが降ってくるだけだったのです。
この会社において、「仕事が早い人への報酬」は自由な時間ではなく、「さらに面倒な他人の仕事」でしかなかったのです。
私は「気を利かせる」のをやめ、給料分しか働かないモブキャラになることにした
正論を振りかざして空回りした結果、私は「相手を変えようとする努力」を完全に捨てました。
これ以上、アイツの無能の尻拭いをして、勝手に疲弊するのは御免です。
私は、求められてもいないのに「気を利かせる」のをやめ、必要最低限の「お給料の分の作業」だけをキッチリこなすことに決めました。
丸投げされたボールを、全力でダイブしてキャッチするのはもうやめたのです。
上司がフワッとした指示を出してきても、「これってこういうことですか?」と自分から聞きに行ってあげるのをやめました。
「指示が不明確なので、これ以上は進められません」とボールを突き返し、あとは放置する。
自分のタスクだけはきっちり終わらせ、定時が来たらPCを閉じる。
評価が下がってボーナスが数万円減るかもしれません。
しかし、よく考えれば、現場の泥臭い調整を全く見ていない上司に、私がどれだけ頑張ったかなんてわかるはずがなかったのです。
そんな期待できない評価のために、自分のメンタルを削って毎晩残業するのは、どう考えてもコスパが悪すぎると割り切りました。
道端の石ころのように気配を消し、余計な期待を一切持たない。
そうやって「凪」の日常を取り戻す。まずは心の中で、そう冷たく決別したのです。
しかし「ただ無視する」だけでは、自分を守りきれなかった
しかし、「もうやらない」と心に決めていざ職場で石ころに擬態しようとしても、現実はそう簡単ではありませんでした。
上司は決して「これをやって」とは言いません。
ただ目の前でわざとらしく大きなため息をつき、「これ、どうしようか……」と困った顔をして、こちらが「私がやりましょうか」と折れるのをひたすら待っているのです。
この「無言の圧力で部下に拾わせる姑息なゲーム」を前にすると、ただ無視し続けるのは想像以上に難しかったのです。
そして何より、「あの人、最近全然協力してくれないよね」という、周囲からの冷ややかな視線が想像以上にキツかったのです。
「アイツが何もしないせい」で仕事が止まっているのに、周りからは「お前が空気読んで拾えよ」「あいつ最近、協調性ないよね」と、なぜか私の方に非難の矢が飛んでくる。
ただ無視するだけでは、この「自分がサボっている悪者にされる恐怖」から身を守ることはできませんでした。
「アイツのせいで進まないのに、なぜか私が無能な部下というレッテルを貼られる」という実害の恐怖も拭いきれません。
波風を立てず、相手に「拒絶された」と思わせずに、するりとボールを避ける技術。
そして何より、自分が悪者にならず、「ボールは上司のところで止まっている」という事実を周囲にさりげなく可視化する護身術。
自分を汚さず、静かに相手の丸投げを無効化するための、具体的な「かわし方の作法」がどうしても必要だったのです。
上司の丸投げに真っ正面から向き合うことは、私の人生の無駄遣いでしかありませんでした。
大切なのは、感情的に反発することではなく、「私はちゃんとやっていますよ」というアリバイを作りつつ、残りの面倒なボールはすべてアイツの足元に転がしておく技術です。
感情を動かさず、期待を1ミリも持たず、淡々と「自分だけの時間」を死守する。
自分が悪者になるリスクを徹底的に排除しながら、関係者の見ている前で「上司の判断待ちです」とだけ残してすっと手を引くような、したたかな立ち回り。
私が「便利なゴミ箱」を卒業し、自分の平穏を死守するために身につけた『泥臭い護身術』の全貌を、ここに記しておきます。
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