上司の指示があいまいで、いつも「後出しジャンケン」にされる。無責任な丸投げに付き合うのをやめて線を引いた記録

「……で、結局どこを目指してるんですか?」
喉元まで出かかった言葉を、そのまま飲み込みました。
目的も、合格ラインも、誰が責任を取るのかも決めないまま、とにかく作業だけを急かしてくる上司。
アイツの「任せるよ」「いい感じにやっておいて」という言葉は、私にとってやり直しになるのが目に見えている地雷でしかありませんでした。
何が正解かわからないまま手探りで進め、提出しても「なんか違うんだよね」の一言で、それまでの数時間がすべて無駄になる。
これは、あいまいな指示を「自分の努力」で埋めることをやめ、自分の身を守るために冷徹な線引きを始めた、ある日の記録です。
アイツが何も決めないのは、失敗した時の「身代わり」に私を使いたいから
「適当にいい感じにまとめといて」
この言葉を聞くたびに、私はいつも重いため息をついていました。
最初は、本当に私を信頼して任せてくれているのだと勘違いしていました。
しかし、何度か痛い目を見るうちに、その言葉の裏にある「ただの無責任な丸投げ」に気がついたのです。
上司自身、どこに向かえばいいのかゴールがわかっていない。
自分で決断して失敗し、上層部から詰められるのが嫌だから、とりあえず私にやらせて様子見しているだけでした。
もし私が的外れな方向に進んで失敗すれば、「お前の理解不足だ」とハシゴを外すことができます。
失敗して問題になれば、「君がそう進めたいと言うから任せたのに」と私が勝手にやったことにして逃げる。
万が一上手くいけば「任せた自分の手柄」にする。
アイツの「任せる」は、ただの思考の放棄であり、上司だけが絶対に損をしない都合のいい後出しジャンケンだったのです。
何度目かの無駄な手戻り作業をしていた時、私は怒る気すら起きず、ただ静かに諦めがつきました。
「ああ、この人は自分で決めることから逃げているだけなんだ。もう期待しても無駄だな」と。
上司が考えることをサボった穴を、私の残業や気遣いで埋め合わせる。
そんな割に合わない不毛な作業に付き合うのは、もうやめようと決めたのです。
なぜ「主体性」を発揮するほど首が絞まるのか?正論で自分をすり減らした3つの記録
完全に「見切り」をつける前、私はまだ「どうにかして上司と上手く仕事を進めなければ」と足掻いていました。
「自分から仮説を立てて提案せよ」「主体性を持て」。
世間一般の仕事術ではそう言われますが、それは相手が「まともな判断ができる上司」である場合のみ通用する話でした。
決断から逃げる上司に対して自分から動くことは、ただ自分の仕事を増やし、責任を被るだけの無駄な抵抗だったのです。
①「A案、B案」と選択肢を提示した結果、どっちつかずの泥沼にハマった末路
指示があいまいなら、こちらから選択肢を用意すればいい。
そう考えて、「A案とB案、どちらの方向性で進めましょうか?」と提案したことがありました。
しかし、決断から逃げたい上司にとって、それは最も嫌なアプローチだったようです。
「うーん、AもいいけどBの要素も捨てがたいよね。両方のいいとこ取りで、C案みたいな感じで考えてみてよ」
結局、何も決まりませんでした。
AとBの要素を混ぜた「よくわからないC案」を新しく作らされる羽目になり、ただ作業量が1.5倍になっただけでした。
②「早めに相談する」という誠実さが、上司の評論家魂に火をつけた失敗
「まずは50点の状態で早めに見せる」というセオリーも逆効果でした。
早めに方向性をすり合わせるつもりで作成途中の資料を見せましたが、これは完全な悪手でした。
自分で決められないくせに、他人の粗探しだけは好きな上司に「口出しする隙」を与えてしまい、「ここはもっと文字を小さく」「なんかインパクトが足りない」と、本筋と関係ない細かい修正を何度もやらされる羽目になりました。
③「仮説を立てる」努力をしても、最後は上司の“気分”で全否定された一人相撲
一番徒労感を覚えたのは、少ない情報から自分なりに仮説を立て、構成を練り上げた時です。
他の業務を後回しにして、数日かけて自分なりにロジックを組んで提出したのに、上司から返ってきたのは「うーん、なんか直感的に違うんだよね。一回白紙に戻そうか」という一言でした。
論理もデータも関係なく、その日の上司の「気分」一つで、私の時間はすべてゼロにされました。
「いや、マジで何のために頑張ったんだろ」と、モニターの前で感情が無になったのを覚えています。
正論に従って主体性を発揮した結果は、ただの徒労感あふれる一人相撲でした。
評価を諦め、「気を利かせて先回りする」のをやめた
自分の中に「正解の基準」を持たない相手に、私がいくら気を利かせて頑張っても、正当に評価されることはありません。
この上司の下で必死に空気を読んで残業したところで、給料が上がるわけでもなく、ただ負担が増えるだけです。
それに気づいてから、私は「上司に認められたい」という未練を捨てました。
相手が放棄した「決断」を、私が代わりに背負う必要はありません。
指示があいまいで進められないとき、これまでは勝手に行間を読んで進めていましたが、それをやめることにしました。
「もう勝手に気を回して疲れるのはやめよう」と心の中で割り切り、指示がないならそのまま作業を止めることにしたのです。
ただ「指示待ち」をするだけでは、「仕事が遅い」と責任を転嫁される
先回りをやめて「あえて動かない」という作戦は、これで自分の負担が減るはずだと思っていました。
しかし、これには別のリスクがあったのです。
こちらが指示を待って動かないでいると、今度は「あいつは主体性がない」「指示待ち人間だ」と、こちらに責任を押し付けてくるのです。
上層部から急かされた上司に「なんでまだ進めてないの?」と、自分の説明不足を棚に上げて責められることもありました。
「ドライに割り切って突き放せばいい」と思っても、気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、職場の人間関係は単純ではありません。
上司からのプレッシャーや、動かない現場に対する周囲の視線を前にすると、つい「自分がやったほうが早い」と手を出してしまいそうになります。
無意識に染み付いた「期待に応えようとする癖」や、断る時の「罪悪感」は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。
罪悪感に負けず、上司に「決断」を差し戻す仕組みを作る
上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。
だからこそ、職場の線引きを「気合い」や「精神論」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、プレッシャーに耐える強い心を持つことではありません。
上司が本来やるべき「決める」という役割を、角を立てずに相手の手元に差し戻し、「あなたが決めてくれないと進められません」という事実を淡々と伝える「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が都合のいい「責任の肩代わり」を抜け出し、自分のタスクだけをこなして定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で無理をして消耗する前に、この「作業として責任を差し戻す仕組み」を取り入れてみてください。
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