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キレる無能上司の怒声はただの騒音。萎縮して疲れた私が「心のシャッター」を下ろした記録

キレる無能上司の怒声はただの騒音。萎縮して疲れた私が「心のシャッター」を下ろした記録

「なんでお前はこんなこともできないんだ!」

フロアに響き渡る上司の怒鳴り声にビクッと肩を揺らし、私は反射的に「……はい、申し訳ありません」と頭を下げていました。

理不尽な理由で怒られていると分かっていても、大きな声で威圧されるとどうしても萎縮してしまい、条件反射のように謝って波風を立てないようにするしかなかったのです。

大声を出されるたびに「自分の確認不足だった」「もっと上手くやらなきゃ」と自分を責め、とにかく上司の機嫌をうかがう日々。

言われた雑務も文句を言わずにこなして、いつかちゃんと評価されるはずだと信じていました。

でも、ある時ふと気づきました。あの大きな声は「仕事の指導」ではなく、単なる「不機嫌の垂れ流し」でしかないと。

相手を威圧して自分のストレスを発散したいだけの行為に、私は都合のいいサンドバッグとして付き合わされているだけだったのです。

これは、大声でしか人を動かせない上司に「期待」するのをやめ、自分の身を守るための「必要最低限の働き方」に切り替えた、ある日の記録です。

すぐキレる無能な上司に怯えていた私が、ふと気づいた事実

「なんでこんなことも出来ないんだ!」「言われた通りにやれよ!」

大きな声で怒鳴られるたびに、私は「自分の仕事ができないせいだ」「もっと努力しなければ」と自分を責めていました。

上司が怒るのは私を成長させるためなのだと、無理やり言い聞かせることもよくありました。

しかしある日、上司自身の指示漏れが原因のミスに対して、ものすごい剣幕でキレる彼を見て、ふと冷静になりました。

これは教育でも指導でもありません。

彼は自分の思い通りにいかないイライラを、言い返してこない私というサンドバッグにぶつけて「不機嫌を垂れ流している」だけなのです。

大きな音を出して威圧し、相手を萎縮させてコントロールしようとする、極めて幼稚なやり方です。

それに気づいた時、私の中で彼は「自分を指導する偉い上司」から、「ただ不機嫌を垂れ流す迷惑な人」へと変わりました。

ビジネス書の「正しい対処法」を信じて、私が無駄な努力をした3つの記録

相手の怒声がただの「不機嫌の垂れ流し」だと気づきながらも、当時の私はまだ「自分の立ち回り次第で状況は良くなるはずだ」という淡い期待を捨てきれず、ビジネス書に書いてある「正しい対処法」を試しては、結局すべて裏目に出るという無駄な努力を繰り返していました

①「事実を丁寧に説明する」を試したら、余計に怒らせて逆効果だった

まずは、怒りの原因を解消しようと考えました。

ミスの経緯や事実関係を整理して、解決策と一緒に説明すれば、納得してくれるはずだと信じていたのです。

ですが、結果は逆効果でした。

「言い訳をするな」「俺が間違っていると言うのか」と、さらに怒らせるだけだったのです。

彼にとって重要なのは「事実がどうか」ではなく、「自分が不快になったこと」でした。

冷静な説明は、彼の機嫌をさらに悪くさせるだけでした。

②「とにかく謝って誠意を見せる」を試したら、八つ当たりの的にされた

理屈が通じないなら、反論せずに謝り続けるしかない。

そう考えた私は、理不尽に怒られても、とにかく申し訳なさそうな態度で謝罪を繰り返しました。

ところが、これも失敗でした。

こちらが低姿勢でいるほど、彼は「やっぱりお前が悪い」「俺が正しい」と増長していきました。

結果として、私は彼にとって一番叩きやすい「八つ当たりのターゲット」に固定されてしまい、自分が疲れるだけでした。

③「顔色を読んで先回りする」を試したら、機嫌取りで気力が尽きた

最終的に行き着いたのは、上司が怒りそうなポイントを予測して、先回りして処理しておくというやり方でした。

彼の足音やキーボードの音で機嫌を察し、顔色をうかがいながら動きました。

確かに怒鳴られる回数は減りましたが、その代わり仕事そのものではなく、「上司の機嫌取り」に無駄な労力を使うことになりました。

休日は疲れ果てて動けなくなり、何のために会社に行っているのか分からなくなりました

評価を諦め、機嫌を取るための「過剰な努力」を捨てた

ビジネス書に書かれているようなノウハウは、「まともな環境」でしか通用しません。

自分の感情すらコントロールできない人に、部下の仕事を正当に評価することなど無理なのです。

それに気づいたとき、この人の下で理不尽に耐えて頑張っても、まともな見返りは期待できないと悟りました。

そこで私は、評価されるための「過剰な努力」を一切捨てることにしました。

怒鳴り声を「自分への指導」として受け取るのをやめ、ただの不快な騒音として処理する。

言われた業務はきっちり終わらせるけれど、機嫌を取るための提案や無駄な気遣いは一切やめる。

会社や上司に期待するのをやめ、心の中で完全に距離を置いて、給料分の業務だけを淡々とこなすことにしたのです。

「気にしない」と決めても、身体の反応までは止められなかった

「心の中で距離を置く」と決めたことで、これで精神的には楽になるはずだと思っていました。

しかし、現実はそう上手くはいきませんでした。

頭では「ただの騒音だ」と割り切っていても、すぐ近くで急に大声を出されたり、机を叩かれたりすれば、どうしても身体がビクッとしてしまいます。

心拍数が上がったり、嫌な汗をかいたりする自然な身体の反応までは、自分の意志ではコントロールできなかったのです。

「気にしないようにしよう」という気持ちの持ちようだけでは、毎日ぶつけられる不機嫌の悪影響を防ぐことはできません。

ドライに割り切ろうと思っても、同じ空間で大声や威圧的な態度を浴びれば、無意識に反応して消耗してしまうのです。

精神論に頼らず、不機嫌を「作業」として受け流す仕組みを作る

上司と正面衝突したいわけでも、職場で言い争いをしたいわけでもありません。

ただ、萎縮してしまう身体の反応は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。

だからこそ、自分を守ることを「メンタルの強さ」や「精神論」で解決しようとするのはやめました

私に必要だったのは、相手を説得するコミュニケーション能力でも、怒鳴り声に耐える気合いでもありません。

相手の不機嫌を角を立てずにスルーし、ただの「作業」として受け流すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。

私が都合のいい「八つ当たりの対象」を抜け出し、自分の心身を守りながら定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。

精神論で無理をして消耗する前に、この「作業として受け流す仕組み」を取り入れてみてください。

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