説明下手な上司の下で「察する」のは愚策だった。私が評価を諦め、翻訳ボランティアをやめた記録

「……あれって、どれのことだよ」
主語も目的も抜け落ちた上司のチャットを見て、また無意識に脳内で翻訳する作業が始まります。
アイツが言葉にするのをサボるほど、こちらの確認の手間と作業量は増えていくのです。
「空気を読んで先回りする」というボランティアに時間とメンタルを削られ、ただただ、疲労感だけが溜まっていきました。
「よしなに」「いい感じに」「例の件で」。
そんな言葉足らずの指示から、上司の機嫌と意図を推測して、正解探しをするような日々。
少ないヒントから正解を当てて当然、もし解釈を間違えれば「なんで言わないとわからないの?」と呆れられる。
こっちはエスパーじゃないのに、完全に理不尽な構造です。
これは、説明下手な上司に「わかってもらう」ことを諦め、自分の身を守るために冷徹な線引きを始めた、ある日の記録です。
アイツが説明をサボる理由は、こっちが勝手に「察して」動くからだ
「あれを、いい感じにやっといて」 チャットに投げ込まれる、たった一言のテキスト。
その裏にある「正解」をこっちに考えさせようとしているのです。
でも、よく考えたらおかしいのです。
上司の頭の中を整理して、足りない言葉を補ってあげる作業。
本来なら、上司自身が頭を捻ってやるべき業務です。
それをなぜか、部下である私が下請けのように肩代わりしている。
その時、ハッとしました。
上司がまともな指示出しをしないのは、私が勝手に「察して」カバーし、仕事が回ってしまっているからです。
私が翻訳ボランティアをしている限り、アイツは一生説明をサボるのだという「構造のバグ」に気づきました。
本来上司がやるべき「説明」という責任を私が被ってすり減るのは、完全に割に合わない、自分の時間をドブに捨てるようなタダ働きだったのです。
なぜ「質問」を重ねるほど首が絞まるのか?正論で自分をすり減らした3つの記録
察するのをやめよう。
わからないなら、ビジネス書に書いてある通り、質問して指示を明確にさせればいい。
最初はそう思って試してみたのですが、質問や確認を重ねるほど、なぜか私の作業や責任ばかりが増えていきました。
相手が「自分で考えること」から逃げている人間である以上、正論はまったく通用しなかったのです。
①「細かく質問して確認する」正攻法は、面倒くさがられるだけだった
最初は、とりあえず認識のズレを無くそうと思いました。
「先ほどの『あれ』とは、Aの案件のこのデータのことでしょうか?」「ゴールは、Bのフォーマットに合わせるということで合っていますか?」
そうやって丁寧に確認を試みたのです。
しかし、返ってきたのは「細かすぎて面倒だ」「いちいち聞かずに自分で考えろよ」という逆ギレでした。
上司自身も「自分は何をしてほしいのか」が分かっていないので、具体的な質問をされるとボロが出て不機嫌になるのです。
こっちは仕事を進めようとしただけなのに、なぜか「面倒な部下」扱いされるという理不尽さでした。
②「複数の案を作って選ばせる」方法は、判断と責任を押し付けられるだけだった
質問がダメならと、今度は「上司の意図を推測して、A案・B案・C案のパターンを作り、選んでもらう」という方法を試しました。
結果として、「お、それでいいよ」と丸乗りされるようになりました。
一見スムーズに進んだように見えますが、実態は違います。
「部下が勝手に作った案」に承認印を押しただけなので、何かトラブルがあれば「お前が持ってきた案だろう」と責任を押し付けられる状態になったのです。
上司の仕事を肩代わりすればするほど、上司はさらに思考停止していくという悪循環でした。
③「過去の発言から意図を推測して進める」のは、一番やってはいけない自爆行為だった
結局、最後は「上司の過去の発言や文脈から、自力で意図を推測してとりあえず形にする」という手段に手を出しました。
しかし、そもそも自分の考えをまとめられない人の頭の中なんて、筋が通っているわけがありません。
数日かけて仕上げた資料を見せると、「え、なんでこうなったの? 俺そんなこと言ったっけ?」と平然とハシゴを外されました。
こっちが勝手に上司の意図を推測して、勝手に残業して、勝手にやり直しになる。
一人相撲で自分をすり減らす、完全に自爆の行動でした。
「正解」を持たない人に、評価はできない。「察する」のをやめた
何度か失敗を繰り返して、ようやく一つの事実に気づきました。
自分の考えすら言語化できない人に、私の仕事の価値を正当に評価できるわけがないのです。
どんなに空気を読んで先回りしても、上司自身が「何が正解か」を分かっていないのですから、こちらの苦労を測る物差しを持っていません。
そんな相手に「気が利く部下」だと認められようと努力するのは、割に合いません。
私は、上司の足りない言葉を推測してあげるのをやめました。
「言われたこと」だけをそのままやる。
主語がないなら、「誰のことですか?」と事実だけを淡々と聞き返す。
それで仕事が止まったとしても、「指示がないので進められません」と事務的に割り切ることにしました。
評価への未練を捨てたことで、これで自分の平穏は守れるはずだと思っていました。
しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。
「心で諦める」だけでは、「言わなくてもわかるでしょ」の空気は防げない
察するのをやめて「明確な指示が来るまで待つ」ようにすると、当然仕事は止まります。
すると今度は、上司が「なんで進んでないの? 普通わかるでしょ」と不機嫌になり、自分の説明不足を棚に上げてこちらの責任にしてくるのです。
「ドライに割り切って、何も言わずに待ち続けよう」と思っても、気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、職場の空気は単純ではありません。
目の前で不機嫌になられたり、「言われないと動けないの?」と冷ややかな視線を向けられたりすると、どうしても気まずくなってしまいます。
無意識に染み付いた「つい空気を読んでしまう癖」や、職場の空気を壊したくないという思いは、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。
罪悪感に負けず、上司に「指示を出させる」ための仕組みを作る
上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。
だからこそ、職場の線引きを「気合い」や「精神論」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、気まずさに耐える強い心を持つことではありません。
上司が本来やるべき「指示を出す」という役割を、角を立てずに相手へ差し戻すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が都合のいい「察する役割」を抜け出し、無駄に消耗せず定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で消耗する前に、この「作業として指示を仰ぐ仕組み」を取り入れてみてください。
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