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「優しいけど頼りない」上司の尻拭いで自分が潰れる前に。「保護者」を辞めて仕事の線を引いた記録

「優しいけど頼りない」上司の尻拭いで自分が潰れる前に。「保護者」を辞めて仕事の線を引いた記録

「……あ、この人、自分が可愛いだけなんだ」

他部署からの理不尽な要求に対し、ヘラヘラと愛想笑いでその場をやり過ごす上司を見たとき、スッと気持ちが冷めました。

怒鳴らないし、気遣いの言葉もくれる。たまに差し入れも買ってきてくれる。

世間一般では「いい人」の部類に入るのでしょう。

でも、この人は絶対に自分で決断しないし、いざという時に部下を守ってくれません。

「ごめんね、他部署の反対を押し切れなくて…」

申し訳なさそうに謝られても、その結果として私の週末の予定が消滅する現実は変わりません。

「いい人だから助けなきゃ」「波風を立てるくらいなら私がやっておこう」

そうやって上司の優しさに付き合ってきた結果、いつの間にか私は、決断できない上司の代わりに仕事を進める「保護者」のような存在になっていました。

これは、「優しい上司だから」という罪悪感を捨て、自分の身を守るために仕事の線引きを始めた、ある日の記録です。

あの人の「優しさ」は、自分が嫌われたくないだけの自己保身だった

この人の「優しさ」は、部下を思いやってのことではなく、単に自分が波風を立てたくない、嫌われたくないという自己保身に過ぎませんでした

「ごめんね、上の意向でどうしても…」

「悪いんだけど、今回はこれで進めてもらえる?」

申し訳なさそうな態度で頼まれますが、実態はただの「仕事の丸投げ」です。

怒鳴らないし、言葉遣いも丁寧ですが、肝心なところで責任は取りません。

他部署から理不尽な要求を突きつけられても、上司は絶対に防波堤になってくれません。

ニコニコと話を聞いて、すべてを持ち帰ってきては「なんとかよろしく」と私に流すだけです。

要するに、この人の「優しさ」は、自分が悪者にならないための手段であり、私を都合よく動かすための便利なツールだったのです。

そう気づいたとき、怒りよりも先にどうしようもない徒労感が湧きました。

相手が「いい人」だからこそ、こちらから強く文句を言うこともできず、ただ静かに疲弊していくしかなかったのです。

なぜ「上司を支えよう」とすると苦しくなるのか?正論を試して自爆した3つの記録

思い返せば、「頼りないなら、自分が支えればいい」と、ビジネス書にあるような正論を真に受けていた時期もありました。

しかし、実際にやってみると、支えようとすればするほど自分の首を絞めることになったのです。

① 決断しやすいように準備したら、上司が「完全に考えるのをやめた」

決断力のない上司のために、「A案とB案があります。メリットとデメリットはこうで、私はA案が良いと思いますがいかがですか?」と、判断しやすいように準備をして持っていきました。

しかし、これが裏目に出ました。「じゃあ、A案でよろしく」と、上司は自分で考えることすらやめてしまったのです。

私が先回りして準備するほど、上司は「何も考えなくていい人」になり、その分の負担はすべて私にのしかかってきました

なんで私が上司の分まで頭を悩ませているんだろうと気づいたときには、もう遅かったのです。

② チームのために面倒事を引き受けたら、私が「他部署のクレーム窓口」になった

「ここで私が断ったら、チームの雰囲気が悪くなる」。

そう思って、他部署からの無理な依頼を「今回だけですよ」と引き受けていました。

上司が断りきれなかった仕事の尻拭いです。

結果として、私は「あの人に言えばやってくれる」と都合よく認定され、他部署からの面倒事の窓口になってしまいました。

上司は「いつも助かってるよ」と言ってくれますが、それで私の仕事が減るわけではありません。

チームの和を守るために苦労しているのは私なのに、なぜか上司の評価は下がらない

そんなおかしな構造に、ただただ疲れ果てました。

③ 「現場からチームを引っ張る」という正論が招いた、責任だけ重くなる罰ゲーム

リーダー不在なら、自分が現場からチームを引っ張るしかないと信じ、上司の足りない部分を必死に埋めようとしました。

しかし、実際にやっていたのはただの「権限のない裏のリーダー」です。

方針を考え、スケジュールを調整し、メンバーをフォローする。

でも、最終的な決裁権はありません。

何かトラブルが起きれば「君の案で進めたんだから」と、責任だけはしっかり負わされます。

給料も権限も上がらないのに、背負う責任だけが大きくなる、ただ損をするだけの役回りでした。

評価を諦め、尻拭いをやめて自分の仕事だけに線を引いた

そもそも、他部署からの要求を調整することもできない頼りない上司に、私の仕事を正しく評価する力があるわけがありません

その事実に気づいたとき、「評価されたい」「いい部下でいよう」という気持ちが消えました。

私を守る力もない人のために、自分の時間や体力を削って尻拭いをするのは割に合いません

上司の代わりに考えるのをやめ、必要最低限の自分の仕事だけをきっちりこなすことに決めました。

上司が困っていても、それは上司の仕事であって私の責任ではありません。

評価への未練を捨て、「余計な仕事はやらない」と心の中で線を引いたことで、これで私の負担は減るはずでした。

「ドライに割り切る」だけでは、自分が「冷たい悪者」にされる

上司の尻拭いをやめると決めたものの、一つ厄介な問題がありました。

あの人は周囲から「ニコニコしているいい人」と思われているため、私が急に仕事を突き返すと、周りからは単に「協調性のない冷たい部下」に見えてしまうのです。

「周りの目なんて気にせずドライに割り切ろう」と思っても、気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、職場の人間関係は単純ではありません

相手が申し訳なさそうにしているからこそ、「断るのが気まずい」「自分がやったほうが早いか」と、つい手を出してしまいます。

無意識に染み付いた「つい助けてしまう癖」や、断る時の「罪悪感」は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした

罪悪感に負けず、波風立てずに仕事を「差し戻す」仕組みを作る

上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。

だからこそ、職場の線引きを「気合い」や「精神論」で解決しようとするのはやめました

私に必要だったのは、気まずさに耐えて突き放す強い心を持つことではありません。

周囲から「冷たい」と思われないように最低限の体裁は保ちつつ、溢れた仕事を上司のデスクに波風立てずに差し戻すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。

私が都合のいい「保護者」を抜け出し、自分のタスクだけをこなして定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。

精神論で消耗する前に、この「作業として断る仕組み」を取り入れてみてください。

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