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「無能な上司が評価してくれない」。疲れた私が「会社への期待」を捨てて人生を買い戻した夜

「無能な上司が評価してくれない」。疲れた私が「会社への期待」を捨てて人生を買い戻した夜

「なんで私ばっかり、こんな貧乏くじ引かされてるんだろう……」

「あいつの尻拭いをしてるのはこっちなのに、なんで評価されるのは調子のいい奴ばっかりなんだよ」

スマホの画面をぼんやり見つめながら、暗い部屋で一人、そんな真っ黒な感情がぐるぐると渦巻いていました。

「まずは上司の期待値を把握しよう」

「コミュニケーションで解決を」

かつて、そんなビジネス書の綺麗な言葉を信じて、状況を変えようと必死にもがいた時期もありました。

ですが、無能な上司に正論をぶつけても、ただ自分が消耗して、余計に虚しくなるだけだったんです。

これは、「正当に評価されること」をきっぱりと諦め、会社への期待という重たい鎖を自ら断ち切った、私の泥臭い生存記録です。

なんで、お前の尻拭いをしてる私が「低評価」なんだよ

「なんで、あんな奴に私の価値を決められなきゃいけないんだよ……」

評価面談が終わった帰り道、怒りとも虚しさともつかない感情で頭の中がぐちゃぐちゃでした。

家に着いて、カバンを床に投げ出したまま、着替える気力も湧きません。

暗い部屋でそのまま床に座り込んでいました。

私が毎日、どれだけ泥臭い仕事をしてるか、あいつは1ミリも分かっていないのです。

他部署との面倒な調整とか、誰もやりたがらないトラブルの火消しとか、会社を回すための「見えない仕事」を必死にこなしているのに

いざ評価の時期になると、あの上司が見ているのは「分かりやすい数字」か、「自分に調子よく擦り寄ってくる同僚」だけでした

「君はミスなくやってるけど、もっと主体的にアピールしてくれないと評価しづらいんだよね」

面談でそう言われた瞬間、お前の丸投げ仕事を片付けてるからアピールする暇なんてないんだろって、反論する気すら完全に失せました。

「私、何のためにこんなに頑張ってるんだろう……」って、涙も出ないくらい疲れ果てていました。

あの上司の下にいる限り、私の「頑張り」が正当に評価される日なんて一生来ないんだな、と心の底から絶望した夜でした。

「期待値のすり合わせ」なんて、自分が傷つくだけの「セルフ罰ゲーム」だった

ビジネス書の「上司と期待値をすり合わせよう」という正論を真に受けて、面談で「私が日々やっている調整業務(裏方の仕事)を、どう評価していますか?」と勇気を出して聞いてみたことがあります。

進捗管理や他部署への根回し、そうした「潤滑油」としての役割を認めてほしかった

でも、返ってきたのは「それはやって当たり前だからね。もっと主体的に新しい提案をしてよ」という、私の現状を完全に無視した言葉でした。

「あ、この人とは見ている世界が全然違うんだな」と妙に冷めた気持ちで納得してしまいました。

分かり合おうと正論をぶつけるなんて、ただ自分が傷つくだけの「セルフ罰ゲーム」でしかなかったのです。

言葉を尽くせば分かってくれるはずだという淡い期待は、見事に打ち砕かれました。

もう評価なんていらない。給料さえ振り込まれれば、私の勝ちだ

私はその日を境に、評価されることをきっぱり諦めました

あの上司の「どうでもいいモノサシ」で測られる土俵から、自ら降りたのです。

誰かがやらなきゃいけない尻拭いも、自分の責任範囲外なら「気づかないフリ」をすることにしました

上司ウケを狙った無駄なアピールも一切やめ、言われたことだけを淡々と、最低限の労力でこなす

「そんなことしたら怒られるのでは?」「業務が回らなくなって自分が困るのでは?」

昔の私なら、そう怯えていたと思います。

だから私は、あからさまに反抗して目をつけられるのではなく、言われたことの「最低ライン」だけをこなして静かに過ごすことに決めました。

期限と最低限のクオリティだけは守る

仕事はそれなりに、でも余計なことは一切しない

そうすれば、上司が私を叱る理由なんてどこにもないんです。

「サボり」や「手抜き」と呼ばれるかもしれませんが、私にとっては心を守るために必要な処方箋でした。

その分、余った体力と気力は全部「自分のため」に残しておく。

これは決して逃げではなく、自分を壊さないための、そして今の場所でしたたかに生き残るための防衛策です。

会社なんて、ただ毎月口座に数字を振り込んでくれる「給料発生装置」に過ぎないのだと、そう割り切ることにしました。

お前なんかに、私の価値を「採点」させてたまるか

かつては、現場も現実も見ようとしない無能な上司に、自分の仕事も価値もすべてを否定されているような気がして、やり場のない怒りと虚しさで息が詰まりそうでした。

ですが今は、「どうせあいつの評価なんて無意味だし」と断言できる。

それだけで、驚くほど心が軽いです。

「評価されない=期待されない=過剰な仕事を振られない」という、ある種の無敵のバリアを手に入れた感覚すらあります。

もちろん、「評価を捨てたら給料が上がらなくて将来困るんじゃないか」と不安になることもありました。

ですが、冷静に損得勘定をしてみたのです。

あの無能な上司のご機謙を取り、心身をすり減らしてまで得る月数千円の昇給に、自分の命を削る価値なんて全くありませんでした

あの上司の言葉を真正面から受け止めるのをやめ、徹底的に「スルー」する技術を身につけたことで、肩の力が抜けました。

理不尽な要求も、嫌味も、すべてはただの環境音。

会社の評価という呪縛を捨てたことで、私はようやく、自分の人生を買い戻すことができたような気がしています

私は私のために、会社という戦場から「心」を引き揚げた

無能な上司に期待することをやめ、無駄な努力を放棄したことで、私の毎日は劇的に平穏になりました。

会社の中で透明な存在になり、ただ静かに給料日を待つ。

それが、私が見つけた一番の生存戦略です。

私は評価されるのを諦めました。

すると不思議なことに、あの上司のモノサシが、いかに小さくてどうでもいいものかが見えてきたんです。

私が私を守るために始めたのは、正面から戦うことじゃなく、徹底的に「相手にしない」ことでした

心を殺さず、ただ静かにやり過ごす。

私がその技術をどう身につけたのか、その泥臭い記録をここに置いておきます。

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