「何も決めないイエスマン上司」に疲れた──気づいたときには“限界”を超えていた

夜、帰宅してバッグを床に置いた瞬間、ふっと力が抜けました。
「今日も、結局なにも決まらなかったな……」
会議室の時計の針だけが進み、仕事も気持ちも前に進まない。そんな日が、いつの間にか“当たり前”になっていました。
上司はいつも穏やかで、否定もしない。けれど、肝心な場面になると「もう少し様子を見よう」「一旦持ち帰ろう」。
そのたびに、私の中で“やる気”より先に“意味”が削られていく感覚がありました。焦っているのは自分だけで、周りは平然と日常を続けているように見える──。
その小さなズレが、じわじわと心をすり減らしていったのだと思います。
当時の私は、「自分がメンタルに弱いだけだ」と思い込んでいました。
でも、後になって気づいたんです。
進まない会議や曖昧な判断が続くと、人は“存在意義が揺らぐような疲れ”に陥る。
それは意志の弱さではなく、構造が生む限界サインでした。
この記事では、私が実際に経験した「決まらない職場」での停滞と、そこから気づいた“限界サイン”を言葉にしていきます。
また、心が壊れる前にできる小さな防衛策として、次の3つを紹介します。
小さくても大丈夫。
“自分の限界”に気づくことが、働き方を取り戻す第一歩です。
ではまず、毎日のように積み重なっていた“決まらない会議”の現実からお話しします。
「イエスマン上司に振り回されて疲れてしまう」と感じている方は、
職場の“波風を立てない空気”がもたらす負担を整理した 総まとめページ もあわせてご覧ください。

今日も“誰も決めないまま”会議が終わった──止まった職場のリアル
会議室に集まり、資料を開き、議題が読み上げられる。
形式だけは整っているのに、肝心な「結論」だけが出ない。
私はそのたびに、胸の奥で冷たいものが少しずつ広がっていく感覚がありました。
「また振り出しに戻ったな……」。
そうつぶやきたくなる日が、気づけば毎週のように続いていました。
イエスマン上司の曖昧な判断で現場が混乱した日
最もしんどさを感じたのは、ある部署横断プロジェクトでの出来事です。
案件自体は難しくなく、方向性もいくつかの選択肢に絞れていました。
問題は——誰も決めないことでした。
議論は盛り上がり、意見も出る。
でも最後に上司が言うのは、決まってこの一言です。
「うーん、今日はここまでにしよう。もう少し検討しようか」
その瞬間、会議室にふわっと“宙ぶらりん”の空気が漂います。
結論が出ないから、誰も動けない。期限だけが迫る。結果、締切直前になって慌てて調整し、徹夜で資料を仕上げる——そんな“泥縄対応”が繰り返されました。
一番つらかったのは、「何も変わらないのに会議だけ積み重なる」感覚です。
自分の時間とエネルギーが吸い取られていくようで、終わる頃にはぐったりしていました。
「急いでいるのは自分だけ?」と感じた瞬間
会議の途中、ふと気づくと、自分だけがソワソワしている。
他の人たちは落ち着いていて、私だけが浮いているような感覚がありました。
頭の中では、こんな思考がぐるぐると回っていました。
「このままでは間に合わないのでは?」
「誰も危機感をもっていないのかな」
「自分が言い過ぎると、面倒な人と思われないだろうか」
資料に目を落としても、文字が頭に入ってこない。
「焦っているのは自分だけかもしれない」と思うたびに、胸の奥がきゅっと縮まりました。
けれど、後になって分かったのは、誰も悪くなかったということです。
上司もメンバーも、それぞれに“失敗しない選択”をしようとしていた。
ただ、その慎重さが、現場にとっては“停滞”という形で積み上がっていったのです。
- 「結論が出ない会議」は、見えない疲労を積み上げる。
→ 時間を奪うだけでなく、「自分の存在意義が揺らぐ」疲れ方をする。 - 上司の優しさや慎重さも、時に“停滞”を生む。
→ 誰も悪くない構造的な問題として捉えると、責めずに分析できる。 - 焦りや孤立感は、“感度の高さ”のサイン。
→ 無理に抑えず、「自分が気づいていること」を記録するのが第一歩。
「誰も悪くないのに、しんどい」──静かに消耗していく職場
責めたいわけじゃない。上司にも事情がある。チームも悪くない。
分かっているのに、心はどんどん重くなっていく——そんな日々が続きました。
自分の感情を抑え込むほど、「しんどさの理由」が分からなくなっていく。
表面的には穏やかでも、内側では小さな違和感が積み重なっていきました。
決まらないことで仕事が滞る“構造的な疲れ”
判断が遅れる理由は、驚くほどシンプルでした。
- 誰が最終決定するのかが曖昧
- 期限だけが存在し、優先順位が見えない
- 「反対されない」選択肢を探す時間ばかりが増える
この3つが重なると、組織は“見えない渋滞”を起こします。
そしてその渋滞に最初に巻き込まれるのが、現場で実務を担当している私たちでした。
私はその渦中で、「決まらないこと」がなぜこんなにも疲れるのかを、身をもって感じました。
実際、厚生労働省の調査でも「仕事の裁量が少ない環境はストレス要因になりやすい」と示されています。
判断を待つ時間が長くなるほど、まるで自分の手足を縛られたような息苦しさを覚えました。
期待されていない気がして、罪悪感まで抱えてしまう理由
何も決まらない状況が続くと、次第に自分を責めてしまうようになります。
「もっと早く提案すべきだった?」
「自分の段取りが悪いのかもしれない」
「忙しい上司をせかすのは申し訳ない」
こうした“無力感×罪悪感”のループにハマると、メンタルは一気に消耗します。
当時の私は、「怒られていないのにしんどい」という、説明しづらい疲れに悩まされていました。
仕事への熱意はまだ残っているのに、心のどこかで「もう期待されていないのかも」と感じてしまう。
そんな“静かな諦め”が、少しずつ日常に染み込んでいきました。
そしてある日、その疲れは“あるサイン”として現れます。
- 判断の遅れは、個人ではなく「構造の問題」から起こる。
→ 責任の所在が曖昧なままでは、現場が必ず疲弊する。 - 「反対されない選択肢」を探す文化は、停滞を常態化させる。
→ 決断よりも“波風を立てない”ことが優先されてしまう。 - 無力感と罪悪感が同時にくるのは、真面目に向き合っている証拠。
→ 自分を責めず、まず「構造」を疑う視点を持つことが回復の第一歩。
“限界サイン”に気づいたのは、ほんの小さな違和感だった
ある日の夕方、メールの返信を書いている最中、ふと涙が落ちました。
悲しいわけじゃない。ただ、心がまったく動かない。
「あ、これが限界なんだ」と直感しました。
いつもなら焦りや怒りが湧くはずなのに、何も感じない。
画面の文字がかすんで見えた瞬間、自分の中の“何か”が静かに切れた気がしました。
体が先に悲鳴を上げていた/眠れない・ミスが増える・朝が重い
今思えば、あの頃すでに“前兆”はいくつも出ていました。
- 朝起きても疲れが取れていない
- 会議に向かうエレベーターで胸が重くなる
- 何を見ても感情が動かない
- ミスが増え、自己嫌悪ばかりしていた
特に怖かったのは、“無感情”になる瞬間が増えたことです。
怒りも喜びもわかない。ただ淡々とタスクを消化するだけ。
まるで、自分じゃない誰かが仕事をしているような感覚でした。
心が折れるというより、静かに閉じていく。
そんな感覚を、初めて味わいました。
何も感じなくなる“無感情モード”の危うさ
無感情は、心の防御反応だと言われています。
傷つかないように、感情のスイッチを自分で切ってしまう状態。
けれどそれは同時に、限界が近いサインでもあります。
私はあの日、涙が落ちた瞬間に悟りました。
「このままじゃ、壊れる。」
そこからようやく、“自分を守る”という発想が生まれました。
誰かを支える前に、自分の土台を立て直さなければいけない。
それが、このとき初めて心の底から腑に落ちたのです。
- 限界サインは、静かに・じわじわと訪れる。
→ 「疲れ」「無感情」「集中できない」などの違和感を軽視しない。 - 無感情は、心が壊れないための“防御反応”。
→ だからこそ、それに気づいた時点で立ち止まる勇気が必要。 - 「壊れる前に守る」発想が、再出発の第一歩。
→ 責任感の強い人ほど、自分のケアを“後回し”にしがち。
「もう自分をすり減らさない」と決めた日
限界サインに気づいたあの日、私はようやく現実を受け入れました。
上司を変えることはできない。でも、働き方を変えることならできる。
そう思えた瞬間、胸の奥にほんの少しだけ“余白”が生まれました。
それまでの私は、
「なんとかしないと」「もっと頑張らないと」
と、自分を追い込みながら動き続けていました。
けれどあの日、涙が落ちたことで初めて、
“立ち止まることも行動の一つなんだ”と気づけたのです。
そこから少しずつ、“自分を壊さないための工夫”を始めました。
まず“仕事量を可視化”して現実を把握した
最初に取りかかったのは、とにかく全部書き出すことでした。
- 今抱えているタスク
- 期限
- 依頼者
- 自分しかできない仕事/誰でもできる仕事
紙に並べてみると、
「どこが詰まっているのか」「どの仕事を優先すべきか」が一目でわかります。
そして何より、
“業務量そのものがキャパを超えていた”
という冷静な事実にようやく気づけました。
私はずっと、自分の段取りが悪いせいだと思っていたのですが、
そうではなく、構造的に無理のある状態で動いていたのです。
相談・共有を仕組み化して“ひとりで抱えない”状態に
次に、一人で抱え込まない仕組みづくりに踏み切りました。
上司との1on1では、次の3点を必ず共有するようにしたのです。
- 今抱えている課題
- 判断が必要なポイント
- 期限に間に合わない可能性
すると、それまで上司の口癖だった
「様子を見よう」「一旦持ち帰ろう」
が少しずつ減り、代わりに
「じゃあこうしようか」
という言葉が増えました。
このとき私は理解しました。
人は“言葉にされない問題”には気づけないということ。
自分が抱え込んでいたものを言語化したことで、
ようやく状況が動き始めました。
やらないことを決めて“自分の限界ライン”を守る
最後に、思い切って手放すことを決めました。
- 目的が曖昧な会議への参加
- 完璧すぎる資料づくり
- 「自分がやったほうが早い」と抱え込む仕事
これらをやめるだけで、心に大きな余白が生まれました。
“全部やろうとする自分”こそが、
自分を最も追い込んでいたのだと、このとき初めて気づきました。
完璧じゃなくていい。
役割を守るだけでいい。
そう思えるようになるまでには時間がかかりましたが、
それでも一つひとつ手放すたびに、呼吸が少しずつ楽になっていきました。
- 上司は変えられなくても、自分の働き方は変えられる。
- 可視化は“冷静な判断”を取り戻す第一歩。
- 共有は“抱え込み癖”を断ち切り、状況を動かす鍵。
- 手放すことで、ようやく本来の自分が戻ってくる。
- 「守る」ための行動は、弱さではなく“強さの選択”。
まとめ|“限界を見抜く力”は、働き方を守る最初のスキル
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この記事では、進まない会議や曖昧な指示の中で心が削られていった私の体験と、そこから気づいた“限界サイン”についてお話しました。
ポイントを振り返ると──
もし今のあなたが同じ状況にいるなら、その疲れは“あなたのせいではない”と伝えたいです。
小さな“準備”として置いておける選択肢
限界サインに気づいた後、何かを急に変える必要はありません。
まずは、小さな“準備”だけで十分です。
私は「思考を整える習慣」と「選択肢を持つ安心」を手に入れたことで、息がしやすくなりました。
まずは“思考を少し整える場所”をつくる
疲れているときほど、自分の考えを自分だけで整理するのは難しくなります。
私はそんな時期、短い時間でも「他人の視点に触れる」ことで、
行き詰まった思考をゆるめることができました。
特に通勤の10分や、寝る前の数分。
言葉に触れるだけで呼吸が整う瞬間があったんです。
そんな“思考の余白づくり”を助けてくれたのが、読み放題サービスでした。
“選択肢がある”と知るだけで、心は軽くなる
もう一つ、私が救われたのは
「辞めない前提で、外の世界をのぞいてみる」という行動でした。
転職する気もなかったのに、求人を眺めるだけで気持ちが軽くなる瞬間があったんです。
「今の職場だけが選択肢じゃない」という事実が、想像以上に効きました。
行動というより、未来へのメモのような感覚で十分です。
登録だけでも、今の自分の立ち位置がぼんやり見えてきます。
「イエスマン上司に振り回される」といっても、感じるしんどさは人それぞれ。
気になるテーマから、自分の状況に合うヒントを探してみてください。








