上司の「イエス」は、私の「残業時間」で穴埋めされていた。無能なイエスマンを損切りし、冷徹に線を引いた記録

「……それ、さっきの会議で断れたはずですよね?」
役員の顔色をうかがいながら、「はい、お任せください!」と即答する上司の背中を見て、私の中にあった『上司への期待』は、きれいさっぱり消えてなくなりました。
現場の仕事量も、メンバーの疲れも、あの人の「上の評価」の前では存在しないも同然。
私を守るための防波堤になるはずの上司は、上の命令をそのまま下に丸投げするだけの「中継地点」でしかありませんでした。
どんなに無理な注文でも、上の人から言われれば二つ返事で引き受けてしまう。
そして、そのツケはすべて私の残業時間とすり減った精神で支払われる仕組み。
これは、上の言いなりになる無能な上司に「守ってもらう」ことを諦め、自分の身を守るために冷徹に線を引き始めた、ある日の記録です。
上司が「いい顔」をするためのツケは、すべて私の時間で払われていた
会議室で上司が上の要求に「イエス」と即答した瞬間、私のデスクには「本来なら断れたはずの仕事」が降ってきます。
上司が役員から「物分かりの良い管理職」と評価されるたびに、その裏側で私の残業時間は確実に増えていきました。
こちらの都合などお構いなしに、上司は申し訳なさそうな顔を作りながら決まってこう切り出します。
「これ、明日までにお願いできるかな? 上から急ぎで言われちゃって」
内容の精査すらされていないタスクが、さも当然のように回ってきます。
上司にとっては「安請け合いしただけ」の仕事でも、現場で手を動かす私にとっては、今日の予定を崩し、予定外の残業で対応しなければならない「重い負担」です。
「なんで私が、この人の保身のために振り回されなきゃいけないんだ?」
増えたタスクを前にして、嫌でも一つの事実に行き着きます。
要するに、上司の「調整能力のなさ」を、私の残業時間で穴埋めさせられているだけなのです。
この人は私を守る気なんてさらさらない。
ただ、自分が上から「できない」と言って評価を下げるのが怖いだけ。
その保身の尻拭いとして、私の労力を勝手に差し出しているだけだったのです。
限界を訴えるほど、なぜか仕事が積み上がる。「正論」が逆効果だった3つの失敗
この理不尽な状況をどうにかしたいと考えた私は、かつてビジネス書にあるような「真っ当な交渉」を試みたことがあります。
「論理的に説明すれば、上司も分かってくれるはずだ」という淡い期待。
しかし現実は、正論をぶつけるほど自分の首が締まっていく、バカげた結果に終わったのです。
① 作業の「見える化」をした結果、上司に『まだ余裕がある』と勘違いされた
まずは現状を知ってもらうため、抱えている仕事と必要な時間をリストにして上司に見せました。
「今はこれだけの作業があって、これ以上はキャパオーバーです」と、客観的な事実を伝えたつもりでした。
ところが、上司の反応は予想外のものでした。「君はタスク管理が上手だね。整理できているなら、この急ぎの案件も並行して進められるよね?」と、逆に信頼(という名の丸投げ)を勝ち取ってしまったのです。
仕事を整理して見せたことが、上司にとっては「まだ詰め込める余地がある」という誤解を招く燃料になってしまいました。
② 「リソース不足」を論理的に説明しても、上司の『保身』には届かなかった
「今の人数では物理的に無理です。納期を延ばすか、人を増やさないと質が落ちます」と、プロジェクト管理の基本に則って進言したこともあります。
しかし、上司の頭にあるのは「自分が上の期待に応えられるか」だけでした。
「そこをなんとかするのが現場の工夫でしょ」「できないと言ったら、私の管理能力を疑われてしまう」と、情に訴えるような言い方で押し切られました。
いくら論理的な正しさを積み上げても、上司の「自分が怒られたくない」という強烈な保身の前では、何の役にも立たなかったのです。
③ 「一緒に改善しましょう」と提案して、会議室で梯子を外された話
「上層部に現場の状況を一緒に伝え、改善案を出しましょう」と、上司を味方につける作戦に出たこともありました。
自分一人では無理でも、上司と一緒に戦えば、無理な仕事の流入を止められると思ったのです。
しかし、いざ役員との会議が始まると、上司は「現場からは少し懸念が出ていますが、私が責任を持って調整し、やり遂げます」と、役員の前で満面の笑みを浮かべました。
昨日までの話し合いはなかったことにされ、会議室であっさりと梯子を外された私。
正論で状況を変えようとした私の努力は、単に「扱いづらい部下」というレッテルを貼られただけで、自爆に終わりました。
評価を諦め、都合のいい「穴埋め」をやめると決めた
上の顔色ばかり伺う上司は、部下の「仕事の中身」を評価する物差しを持っていません。
いくつかの失敗を経験して、私はそのことに気がつきました。
たとえ無茶振りに応えて結果を出しても、それは上司にとって「自分が怒られずに済んだ」という安心材料にしかなりません。
評価の基準が「仕事の質」ではなく、「上司が平穏でいられたか」という都合で決まってしまうからです。
ボーナスや査定で報われるかもしれない、と期待していた時期もありました。
しかし、あの人の頭にあるのは「自分がどう見られるか」だけで、実務を正当に見極める能力はありません。
私は、上司の立場を守るための「都合のいい穴埋め」でしかなかったのです。
それに気づいてから、私は評価を追うのをやめました。
上司に期待するのをやめ、都合よく無茶振りを引き受けるのはもうやめようと心に決めたのです。
正面から「やりません」と断ると、自分が「悪者」にされる
しかし、評価は気にしないと決めても、降ってくる仕事をすべて正面から「やりません」と突っぱねるわけにはいきません。
上司が上の役員と「やります」と合意してしまった以上、現場の私が拒否すれば、周囲からは単に「仕事を止めている面倒な人」に見えてしまうからです。
「周りの目なんて気にせず、ドライに割り切って断ろう」と思っても、気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、職場の人間関係は単純ではありません。
自分が断ることで仕事が止まるプレッシャーや、断る時の気まずさを前にすると、つい「私がやったほうが早いか」と引き受けてしまいそうになります。
一度手を出せばそれが当たり前になり、次も当然のように頼まれてしまう。
無意識に染み付いた「つい助けてしまう癖」や「罪悪感」は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。
罪悪感に負けず、波風立てずに「差し戻す」仕組みを作る
上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。
だからこそ、職場の線引きを「気合い」や「精神論」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、気まずさに耐えながらキッパリ断る強さを持つことではありません。
最低限の体裁は保ちつつ、溢れた仕事を上司のデスクに波風立てずに差し戻すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が都合のいい「穴埋め要員」を抜け出し、自分のタスクだけをこなして定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で消耗する前に、この「作業として断る仕組み」を取り入れてみてください。
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