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【部下に決めさせる上司】「君はどうしたい?」は無責任な丸投げ。評価を損切りして決断を突き返した記録

【部下に決めさせる上司】「君はどうしたい?」は無責任な丸投げ。評価を損切りして決断を突き返した記録

「これ、どうする?」

そう聞かれて、答えに詰まったときに返ってくる一言。

「君はどうしたい?」

一見、ちゃんと考えさせてくれているようで。

信頼されているようにも聞こえて。

でも、なぜか毎回、モヤっとする。

その違和感をうまく言語化できないまま、働き続けていた時期がありました。

「君はどうしたい?」は、ただの保険だった

最初は、「任せてもらえている」と思っていました。

自分で考えて、決めて、動く。

それが評価につながるのだと思っていたので。

でも、何回か繰り返すうちに気づきました。

うまくいったときは、上司のマネジメントのおかげになる。

少しでもズレると、「君が決めたことだよね」と言われる。

あれ、これって……

と思ったときには、もう遅くて。

自分で判断することが増えるほど、仕事は増える。

責任も増える。

でも、権限や給料は増えない。

そんな、よく分からない状態になっていました。

結局、上司は「決断」から逃げるために、私を都合のいい盾にしていただけだったんです。

正論を真に受けるほど、自分の首が絞まる

ビジネス書にはよく、こんな正論が並んでいますよね。

  • 圧倒的な当事者意識を持て
  • 上司に「A案とB案」を提示しろ
  • 指示待ちではなく、先回りして動け

たしかに、まともな上司が相手なら正しいんだと思います。

でも、決断から逃げる上司の前だと、その正論ってただの「自爆スイッチ」なんですよね。

実際に私がやってみて、どうなったか。

①「当事者意識」を持って決断し、責任だけを押し付けられた

上司が決めないなら、現場を回すために自分が決めるしかない。

そうやって「当事者意識」という言葉を自分に言い聞かせて、見切り発車で業務を進めたことが何度もありました。

たとえば、急ぎの対応が求められるトラブルが起きたとき。

上司の指示を待っていたら現場が止まってしまうので、私が自分で判断して他部署との調整に走りました。

でも、いざイレギュラーな問題が発生したり、調整が難航したりすると、上司は完全に知らん顔です。

「君が勝手に進めたことだろう」と。

決断する権限は与えられていない。

でも、失敗した時の責任だけはこっちに乗ってくる。

当事者意識を持てば持つほど、ただ自分が損をする。

そんな完全に割に合わない状況に、静かに削られていきました。

②選択肢を提示するほど、アイツの「丸投げ」を助長させてしまった

「どうしましょう」と丸投げするのではなく、メリット・デメリットを整理したA案とB案を持っていけ。

これもよくあるビジネスの鉄則ですよね。

だから毎回、自分なりに情報を集めて、比較資料まで作って上司のデスクに向かいました。

でも、アイツは資料をパラパラめくって、こう言うんです。

「うーん、君ならどうする?」

私が「リスクを抑えるならA案が良いかと」と答えると、「じゃあそれでよろしく」で終わり。

いや、なんで私が上司の仕事を肩代わりしているんだろう、と。

私が親切に選択肢を噛み砕いて用意するほど、上司は思考を放棄する。

何もしなくても、部下が勝手に決めて動いてくれる。

という「丸投げの成功体験」を、ただ助長させているだけでした。

③「自分で考えて動く」を実践した結果、ただ自分の仕事が増えただけだった

「指示待ち人間になってはいけない」。

そんな正論に従って、上司が決めきれない部分を先回りしてカバーしていた時期もあります。

上司が苦手としている他部署との面倒な調整や、判断が分かれそうな案件を、聞かれる前にこちらで巻き取って処理していました。

でも、気を回して上司の仕事を肩代わりすればするほど、「あいつに任せておけば勝手に進む」と完全に放置されるようになりました。

本来なら上司が受けるべき矢面に、なぜか私が立たされる。

結果的に、自分の仕事が異常に増えただけでした。

良かれと思ってやったことが、完全に自分の首を絞めていました。

「評価されたい」を捨てたら、スッと力が抜けた

給料以上の責任を背負わされている。

そう気づいたとき、なんかもう、心底バカバカしくなってしまって。

そもそも、日々の些細なことすら決められない人に、私がいくら頑張ったところで、その価値が分かるわけがないんですよね。

だからもう、

あの人の下で努力すること。

「評価されたい」と思うこと。

この2つを完全に捨てました。

求められている以上のことはしない。

あの人が放棄した「決断」を背負うのは、もうやめようと決めました。

ただ、正論で断ると自分が「悪者」になる

でも、現実はそう簡単じゃなくて。

いざ「それはそちらで判断お願いします」と正論で断ろうとすると、露骨に不機嫌になられます。

「やる気がないのか」と圧をかけられ、職場の空気が重くなる。

このあたりが、地味にきついんですよね。

「周りを気にせずドライに割り切ろう」

そう思っても、正論をぶつけた後の気まずい沈黙や、謎の罪悪感にけっこう消耗しました。

感情ではなく、ただの「事務手続き」として突き返す

正直、この問題って気合とか考え方だけでどうにかなるものではありませんでした。

「ドライになろう」と感情でなんとかしようとするほど、しんどくなります。

だから私は、「どう伝えるか」ではなくて、「どう処理するか」に考え方を切り替えました。

なるべく波風を立てずに、でも責任はちゃんと戻す。

ちょっと事務的なやり方なんですが、それに変えてからはだいぶ楽になりました。

私に必要だったのは、上司が本来やるべき「決める」という役割を、角を立てずに相手の手元に差し戻すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。

私が都合のいい「何でも屋」を抜け出して、自分のタスクだけをこなして定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。

精神論で無理をして消耗する前に、この「作業として責任を差し戻す仕組み」を試してみてください。

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