無能な上司を「無視する」気力すら残っていなかった私が、感情を捨てて『自動応答ボット』になった話

「アイツ、マジで何なんだよ……」
「何を言ってるのかさっぱり分からない。1秒も話したくない」
「もう、存在ごと無視できればどれだけ楽か」
ようやく帰宅して、カバンを放り出して床に座り込むと、今日も終わった……という脱力感しか湧いてきません。
着替えるのも面倒で、しばらくスマホも見ずにぼーっとしている時間が、唯一の現実逃避になっています。
「まずは相手を理解する努力を」「歩み寄りが大事」
かつて、そんなビジネス書の綺麗事を真に受けて、無能な上司に歩み寄ろうと頑張った時期がありました。
目指したのは「円滑なコミュニケーション」でしたが、その結果として残ったのは、相手の理不尽さに振り回されてボロボロになった心だけ。
正直、話せば話すほど、こっちの頭がおかしくなりそうでした。
これは、まともな対話をきっぱりと諦め、自分の身を守るために感情のスイッチを切る「自動応答」を選んだ、私の泥臭い生存記録です。
1秒だって喋りたくない。アイツと関わると、むかつきすぎて仕事どころじゃなくなる
あの上司とは、もう1秒だって話したくないです。
嫌いとかいうレベルを通り越して、アイツと喋るのって本当に「体力の無駄」なんですよね。
何を言ってるのか、本当にさっぱり分からないんですよ。
こっちが「Aですか?」って確認してるのに、なぜか全然関係ないCの話を始めたり、的外れな精神論を被せてきたり。
認識合わせをしようとしても、質問の答えがまともに返ってきた試しがありません。
たった数分喋っただけなのに、終わった後はもう、むかついてむかついて。
しかもそのイライラが、席に戻った後もずっと頭の中でループしちゃうんです。
「なんであの時あんなこと言われなきゃいけないんだ」って、ずっと一人で脳内喧嘩してる感じ。
私にとってアイツとの会話は、単にやる気が削がれるだけじゃなくて、自分の「まともな精神状態」を怒りでぐちゃぐちゃに汚染される、本当に不毛な時間でした。
「歩み寄れば理解し合える」なんて、相手がまともな人間だった場合の話だ
少し前までの私は、「プロの社会人として、なんとかコミュニケーションを成立させなければ」と必死に足掻いていました。
千円ちょっと出して買ったビジネス書の「心理的安全性が大事」なんて言葉を信じて、なんとかアイツの意図を汲み取ろうと必死だったんです。
今思えば、そんな自分を殴ってやりたいくらいです。
ある日、あまりにも指示が支離滅裂だったので、私は意を決して「ホワイトボード」を使って話を整理しようしました。
「つまり、優先すべきはこの案件で合っていますか?」と、図まで描いて丁寧に確認したんです。
入ってきたのは私の図解なんて1ミリも見ていない、論点が180度ズレた説教でした。
私が歩み寄ろうとすればするほど、アイツは「こいつは俺の言うことを一生懸命聞いてくれる便利な奴だ」と勘違いして、さらに思いつきの指示を垂れ流すようになりました。
「Win-Win」なんて夢のまた夢。
現実は、私が一方的にストレスの捌け口にされるだけでした。
話せば話すほど、「ああ、この人には何を言っても無駄なんだな」と痛感しました。
歩み寄る努力なんて、相手がまともな対話ができる「人間」だった場合の話です。
話の通じない相手と向き合おうとするのは、自分の心を削って差し出すような、ただの自傷行為でしかありませんでした。
無視すら面倒。だから感情を捨てて『自動応答ボット』になった
本音を言えば、今すぐ完全に無視して、視界から消してやりたい。
けれど、あからさまな無視を貫くのは、私にとっては逆にハードルが高すぎました。
職場の空気が冷え切るのも気まづいし、アイツが「ねえ、聞いてる?」とわざわざデスクまで来て粘着してくるのを想像するだけで、どっと疲れるからです。
「無視し続ける」ことすら、今の私には余計なエネルギーを使う重労働でした。
だから私は、葛藤の末に感情のスイッチを完全にオフにして、ただの『自動応答ボット』になる道を選びました。
アイツを「話の通じる人間」だと思うから腹が立つんです。
だから、ただ不規則にバグを吐き出す「壊れた古い機械」か何かだと思うことにしたのです。
アイツがどれほど矛盾したことを喚いても、心の中で「あ、またバグった」と流しながら、「おっしゃる通りです」「承知いたしました」「確認します」の3パターンしか返しません。
反論もしないし、理解しようともしない。
相手がヒートアップしても、一定のトーンで「申し訳ございません。確認します」を繰り返すだけ。
もちろん、1ミリも悪いなんて思っていません。
ただ、事務作業として音を出しているだけです。
「そんな適当でいいのか」とか「後で詰められたりしないのか?」
以前の私なら、そう恐れて気を回して対応していたでしょう。
しかし、実際にボット化してみて気づいたのは、アイツは単に「自分の言うことを否定せず、気持ちよく相槌を打ってくれる存在」が欲しかっただけ、というしょうもない事実でした。
進捗を詰められてもボットみたいに無機質に返し続ければ、アイツはすぐに飽きて、別のターゲットに新しい思いつきをぶつけに行きます。
もしこれで評価が下がるなら、勝手に下げてくれればいい。
今の私の目的は「優秀な社員でいること」なんかじゃなく、「心を壊さずに今日を終えること」なのだから。
そう割り切りました。
退勤したら、もうアイツのことは1秒も考えない
ボットになりきってから、会社を出た後の感覚が少し変わりました。
駅の改札を通る瞬間を「境界線」にして、強制的に頭の中のスイッチを切るようにしています。
もちろん、最初から綺麗に切り替えられたわけではありません。
電車の中でもアイツのイラっとする発言を思い出して急にムカムカすることもありました。
それでも、毎日意識的に「仕事の強制終了」を自分に言い聞かせてきました。
電車を待つホームで、すぐにノイズキャンセリングイヤホンをして、好きな音楽を流す。
そうやって耳を塞いで外界をシャットアウトした時、ようやく「あぁ、やっと自分の時間だ」と息がつけます。
仕事で成長したいとか、やりがいが欲しいとか、そんな立派なものはもうどうでもいいです。
自分の大切な時間を、あんな奴のせいで1ミリも汚されないこと。
平穏な日常を死守すること。
その小さな勝利の積み重ねが、したたかに働くことを決めた今の私のモチベーションになっています。
ボット化しても消えない「モヤモヤ」を消し去るために
ただ、職場で自動応答ボットになりきれるようになっても、最初のうちはちょっとした落とし穴がありました。
ふとした瞬間にアイツの無神経な言葉がフラッシュバックして、家でもイライラしてしまうことがあったんです。
表面上はうまくやり過ごせても、頭の片隅にこびりついた不快感までは、すぐには消し去れませんでした。
そこから私がどうやって、本気でアイツを「脳内から追い出し」、今の心穏やかな日常を取り戻せるようになったのか。
長くなってしまったので、その具体的な“スルー技術”については、別の記事にまとめました。
もし今、私と同じように職場で限界を迎えている人がいたら、何かのヒントになるかもしれません。
よかったら読んでみてください。
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