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理不尽な職場は「事務作業」として処理する。感情を削られすぎないための、静かな防衛術

理不尽な職場は「事務作業」として処理する。感情を削られすぎないための、静かな防衛術

「なんでこんなこともできないの?」

「前にも同じこと言ったよね?」

「あとは適当に、いい感じに進めておいて」

攻撃的な言い方と、頼りない丸投げ。

その間に挟まれて、少しずつ心を削られていた時期がありました。

最初のうちは、自分がうまくできていないからだと思っていました。

もっとちゃんとやらなきゃいけない。

相手の期待に応えないといけない。

そうやって、ひとつひとつ真面目に受け止めて、なんとか食らいつこうとしていたんですよね。

でも、同じことが続くうちに、少しずつ違和感が大きくなっていきました。

話の中身より、相手の機嫌やイライラの方が前に出ている。

指示というより、面倒な判断や責任だけをこちらに渡されているように感じる。

気づけば、私は仕事を前に進めるために動いているというより、相手の不機嫌を受け止めたり、誰かが持ちたがらない仕事を拾ったりする役になっていました。

このまま続けていたら、どこかで自分が持たなくなる。

そう思って、どこかで線を引く必要がありました。

ただ、最初はそのやり方がわかりませんでした。

ちゃんと話し合えば、わかってもらえるかもしれない。

こちらが先回りして動けば、うまく回るかもしれない。

上司を補佐すれば、いつか評価されるかもしれない。

そう思っていた時期もあります。

でも、それは普通に話し合える相手や、責任を引き受ける気のある相手にしか通用しない方法でした。

感情的になっている相手に説明しても、言い訳や口答えとして受け取られる。

先回りして動けば、「あの人に任せれば何とかしてくれる」と、さらに仕事が寄ってくる。

そういうことを何度か繰り返して、ようやくわかってきました。

自分に必要だったのは、わかってもらうことではありませんでした。

優秀な部下として、全部を引き受けることでもありませんでした。

必要だったのは、相手の感情や責任まで抱え込まず、ただの処理として淡々と受け流すことでした。

感情で戦わない。

正面からぶつからない。

でも、自分の心と時間まで差し出さない。

あくまで「事務作業」や「事務手続き」のように、静かに線を引く。

そう考えるようになってから、職場で受けるダメージや徒労感は、少しずつ変わっていきました。

ここでは、私が実際に職場で使っていた、理不尽な攻撃や丸投げから自分を守るための防衛術をまとめておきます。

攻撃的な上司をやり過ごすための「スルー技術」

よく、「怒られているうちは期待されている」とか、「相手の真意を汲み取ろう」と言われることがあります。

それが必要な場面もあるのかもしれません。

でも、感情をコントロールできない相手の下で、それを毎回真面目にやっていると、先にこちらが削られていきます。

相手を変えようとする必要はありません。

相手の言葉を全部、自分の中に入れる必要もありません。

まず必要だったのは、自分が無駄に傷つかないために、淡々とやり過ごす形を持つことでした。

反応を薄くして、相手の熱量に乗らない

一番やってしまいやすかったのが、怒られたときに必要以上に焦ることでした。

「申し訳ありません」

「次から気をつけます」

「すぐ直します」

もちろん、必要な謝罪はあります。

ミスをしたなら修正も必要です。

ただ、理不尽に感情をぶつけてくる相手に対して、こちらが毎回慌てたり、怯えたり、過剰に謝ったりすると、それが相手をさらに勢いづかせることがありました。

相手は、こちらの焦りを見て、自分の言い方が正しいものだと受け取ってしまう。

そうなると、話は長くなります。

説教も長くなります。

こちらだけが、どんどん疲れていきます。

なので途中からは、できるだけ反応を薄くするようにしました。

「はい」

「承知しました」

「〇〇の件ですね、修正します」

必要な事実だけに答える。

言い訳もしない。

過剰な謝罪もしない。

相手の熱量に合わせて、こちらまで感情を上げない。

最初は少し怖かったです。

冷たく見えないかな、と気になることもありました。

でも、実際にはこのくらいの方が、話が長引きにくかったです。

相手が求めているのが改善ではなく反応だった場合、こちらの反応を薄くするだけで、意外と早く終わることがあります。

暖簾に腕押しに近い状態を作る。

自分には、そのくらいの距離感が必要でした。

怒鳴り声を、自分への評価として受け取らない

これもかなり大事でした。

理不尽なことを言われると、どうしてもその言葉を「自分への評価」として受け取ってしまいます。

自分はそんなにダメなのか。

また失敗したのか。

どうしてちゃんとできないんだろう。

そうやって、自分の中に全部入れてしまうと、当然かなり傷つきます。

でも、途中から少し考え方を変えました。

これは、自分への正しい評価ではなく、相手の機嫌や余裕のなさが声になって出ているだけなのかもしれない。

そう思うようにしたんです。

もちろん、必要な指摘は受け取ります。

直すべきところがあれば直します。

でも、そこに乗っている怒りや不機嫌まで、自分の責任として抱える必要はありません。

相手の言葉をすべて意味のある評価として受け取らない。

自分と相手の間に、少しだけ境界線を引く。

あの人は今、余裕がないんだな。

今日はかなり荒れているな。

この部分だけ拾って、あとは流そう。

そんなふうに、言葉の意味を少し薄めて処理するようにしました。

相手を見下すためではありません。

自分の心まで巻き込まれないための、防衛線でした。

他人の責任を被らないための「線引き術」

気持ちの面で少し距離を取れたとしても、実務の負担まで勝手に減るわけではありません。

次に必要だったのは、丸投げされた仕事や責任を、そのまま自分のタスクにしないための手順でした。

ここでも、感情で戦うのではなく、事務的に処理する形にしていきます。

一度立ち止まって、すぐに受け取らない

無責任に仕事を投げられたとき、一番まずかったのは、その場で反射的に「わかりました」と受け取ってしまうことでした。

受け取った瞬間に、それは自分のタスクとして処理され始めます。

なので途中からは、飛んできた仕事を一度その場で止めるようにしました。

すぐに抱えない。

その場で持たない。

一度、空中で止める感じです。

たとえば、急ぎの依頼を押し込まれそうになったときは、数字や条件を出して止めていました。

「今、急ぎのタスクが3件あり、明日の15時までは埋まっています。着手はそれ以降になりますがよろしいでしょうか」

あるいは、

「まずは方向性の承認をいただいてから、作業に入ります」

「〇〇のデータをいただけたら、着手します」

というように、こちらだけが先に動き始めない形にします。

この一言を最初に挟むだけで、自動的に押し付けられる流れはかなり止まりました。

「気づいたら全部自分の仕事になっている」状態を減らすには、最初の受け取り方がかなり大事でした。

自分の意見を乗せず、選択肢の確認だけを返す

もうひとつ気をつけていたのが、「これ、どうしますか?」と漠然と聞かないことでした。

また、気を利かせて、

「私はA案がいいと思います」

と自分の意見まで添えることも、かなり慎重になりました。

これをやると、決めたくない上司は、ただ「じゃあそれで」と乗るだけで済んでしまいます。

その場ではスムーズに進んだように見えます。

でも、うまくいかなかったときに、

「君がそれでいいと言ったから」

という形で、責任がこちらに戻ってくることがあります。

かといって、

「A案とB案、どうしますか?」

と相談ベースで聞くと、相手によっては、さらに話を広げてくることもありました。

「じゃあAとBのいいところを合わせた案を考えてよ」

というように、結局こちらの仕事が増える。

なので、主語を相手に戻したまま、純粋な確認に変えるようにしました。

「〇〇の件ですが、リソースの都合上、A案かB案での進行となります。どちらで進めるか、ご指示いただけますか」

自分の推しは、ここではなるべく言わない。

「どうするか」ではなく、「どちらにするか」だけを置く。

選択肢を感情なく提示して、最終判断の位置を相手側に戻す。

少し事務的ですが、自分にはこのくらいが一番ラクでした。

チャットやメールで、責任の位置を残しておく

最後に、不毛な「言った・言わない」を防ぐための作業です。

決めたがらない上司ほど、あとになって認識をずらすことがあります。

そんなつもりじゃなかった。

そこまで頼んだつもりはなかった。

君の判断で進めたんだよね。

そう言われると、かなり疲れます。

なので、口頭で確認したことは、あとからメールやチャットで残すようにしました。

「〇〇の件、先ほどお話しした通り、A案で進める認識で相違ないでしょうか。念のため共有です」

このくらいの短い文章でも十分です。

大事なのは、自分が勝手に進めたわけではない形を残しておくことでした。

相手の機嫌を取るために、毎回こちらが泥をかぶる必要はありません。

あくまで備忘録。

あくまで事務的な確認。

そのくらいの温度で残しておくと、責任の位置がぼやけにくくなります。

それでも、完全にはラクになりませんでした

こういうスルーや線引きをするようになってから、職場で都合よく使われることはかなり減りました。

過剰に詰められる時間も短くなったと思います。

仕事としての消耗も、前よりは減りました。

でも、それで全部終わるわけではありませんでした。

一番厄介だったのは、家に帰ったあとも頭の中で続くことでした。

あんな言い方でよかったのかな。

やっぱり自分がやってあげた方が角が立たなかったかな。

明日もまた機嫌が悪かったらどうしよう。

職場での物理的な残業やダメージを減らしても、思い出し不安や罪悪感、思い出し怒りのようなものは残りました。

せっかく家に帰っているのに、頭の中ではまだ明日のシミュレーションをしている。

休みの時間なのに、まだ上司の相手をしている。

これが地味に、でもかなりきつかったです。

このあたりで、ようやく気づきました。

仕事中の対応は、事務作業としてある程度コントロールできます。

でも、何もしていない時間に勝手に蘇ってくる嫌な記憶は、意志の力だけではなかなか止められません。

考え方を変えようとか、前向きに受け止めようとか、そういう話ではなかったんですよね。

そもそも、そこまで頑張れる元気があるなら、ここまで消耗していなかったと思います。

なので、この先は少し分けて考えるようにしました。

職場での負担は、事務的なスルーや線引きで減らす。

でも、家に帰ってからも残る頭の中のループには、別の対処をする。

「家に帰っても仕事のモヤモヤがぐるぐるして止まらない。せめて自分の時間だけは、頭の中の雑音から少し離れたい」という方は、こちらの記事も読んでみてください。

考え方を変えようとするのではなく、別の言葉や音を入れて、頭の中の流れを少し変えるために私が試していた方法を書いています。