無能な上司は「相手にしない」が正解。怒鳴り声に疲れた私が、心のシャッターを下ろした記録

「……はい、申し訳ありません(あーあ、また始まった。よくそんなに大声が出せるな……)」
目の前で顔を真っ赤にして怒鳴り散らす上司を眺めながら、私の心は完全に「無」になっていました。
かつての私は、理不尽に怒られるたびに「自分の仕事が足りなかったのか」と真面目に受け止め、どうにかして分かってもらおうと必死に説明を繰り返していました。
けれど、ある日気づいたのです。
台風に向かって「静かにしてくれ」と説教する人がいないように、感情のコントロールができない相手に「論理的な会話」を求めても、全く意味がないのだと。
まともに相手をするほどこちらの気力が削られ、休日の夜にまで「また明日も怒鳴られるのか」とため息をつくような日々に、もう付き合いきれないと思いました。
これは、感情的に吠えるだけの無能な上司を「真っ当に相手にする」のをやめ、自分の身を守るために冷徹に心のシャッターを下ろした、静かな防衛の記録です。
上司の怒鳴り声は「指導」ではなく、ただの「八つ当たり」だった
「なんでまだやってないんだ!」
不機嫌そうに声を荒げる上司。しかし、そのタスクは昨日、上司自身が「それは後回しでいいからこっちを先にやって」と指示したものでした。
自分で言ったことすら忘れてイライラしている姿を見て、私はふと、ある事実に気づきました。
「あぁ、この人は今、仕事の話をしているんじゃない。自分の思い通りにいかないイライラを、私にぶつけて八つ当たりしているだけなんだ」と。
この人の口から出ているのは、業務上の適切なフィードバックではありません。
自分のキャパシティを超えて余裕がなくなり、感情のままに言葉を吐き出しているだけでした。
そんなその場の感情だけで発せられる言葉を、いちいち真面目に受け止めて処理するだけ無駄だと気づいたのです。
この人の言葉は仕事の指示ではなく、ただの「雑音」にすぎないと。
なぜ「まともな対応」をするほど疲弊するのか?私が自爆した3つの記録
相手の言葉をただの雑音だと完全に割り切るまで、私はどうにか分かってもらおうと、社会人としての「まともな対応」をしては自爆を繰り返してきました。
感情で動く相手に、真面目に向き合うこと自体が間違いだったのです。
①メールの記録を見せて事実を伝えたら、逆ギレされた
「それは昨日、後回しでいいと指示がありましたが……」
私は自分が悪くないことを証明するため、過去のメールやメモの記録を盾にして説明しました。
動かぬ証拠を突きつけて自分の正しさを認めさせれば、相手も大人しくなると思ったからです。
しかし、結果は火に油を注ぐだけでした。
「言い訳するな!」「いちいち細かいことを言うな!」と、さらに大きな声で怒鳴られたのです。
感情的になっている相手に正論を突きつけることは、ただあの人の小さなプライドを刺激し、余計に面倒な状況を引き起こすだけでした。
②とりあえず謝ってその場を収めようとしたら、サンドバッグにされた
反論して怒られるなら、とりあえず謝ってやり過ごそう。
そう考えた時期もありました。
理全な内容でも「はい、すみません。次から気をつけます」と下に出る作戦です。
ところが、反発しないと分かると、あの人の態度はさらにエスカレートしました。
私が謝ることで「自分の怒りは正当だ」と勘違いさせてしまったのです。
結果的に、私は機嫌が悪いときの便利なサンドバッグとして扱われるようになりました。
③仕事の成果で黙らせようとしたら、どうでもいい粗探しをされた
言葉で通じないなら、誰も文句が言えない完璧な仕事をして黙らせるしかない。
私は時間をかけて、要求以上の資料を作って提出しました。
けれど、あの人は中身をろくに確認もせず、「このフォント、ちょっと見づらいな」と本筋とは全く関係ない部分をつついて突き返してきました。
相手は正しい評価をしたいわけではなく、ただ文句を言ってマウントを取りたいだけだったのです。
それに気づいたとき、成果で認められようと頑張るのは、自分の時間と体力を無駄にするだけの自爆行為だと悟りました。
評価を諦め、機嫌取りのために頑張るのをやめた
まともに説明しても、とりあえず謝っても、仕事で結果を出しても、全部無駄でした。
よく考えれば、その場の感情だけで怒鳴る人に、部下の仕事を正しく評価できるわけがありません。
評価の基準なんてなくて、「自分が気に入るか」「その時の機嫌がいいか」だけで決めているからです。
そんな人の下で「良い評価をもらおう」と頑張るのは、ただ自分がすり減るだけでした。
あの人の機嫌取りに自分の時間や体力を削るのは、割に合わないと気づいたのです。
そう気づいたとき、あの人からの「評価」をどうでもいいと思えるようになりました。
どうせまともな評価なんてされないのだから、自分のメンタルを削ってまで期待するのはやめようと決心したのです。
「気にしない」と決めても、身体の反応までは止められない
「もう評価なんてどうでもいい」と見切りをつけても、明日から急にあちらが優しくなるわけではありません。
「何を言われても無視しよう、ただの雑音だ」と頭で決めても、現実はそう簡単ではありませんでした。
目の前で理不尽に怒鳴られたり、不機嫌な態度をとられたりすれば、無意識に心拍数が上がり、嫌な汗をかいてしまいます。
気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、人間は単純ではありません。
大きな声を出されれば、どれだけ「気にしない」と思っても、こうした身体的な反応は自分の意志ではコントロールできないのです。
気持ちだけでストレスを抑えきれるものではなく、一日の終わりにはどっと疲れてしまっていました。
精神論で耐えるのをやめ、不機嫌を「作業」として受け流す
上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。
だからこそ、自分を守ることを「メンタルの強さ」や「気合い」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、理不尽に耐える根性や相手を言い負かす話術ではありません。
感情を交えず、相手の言葉を真に受けずに角を立てず聞き流し、ただの「作業」としてあの人の相手を終わらせるための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が無駄に消耗せず、自分の心身を守りながら定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で無理をしてすり減る前に、この「作業として受け流す仕組み」を取り入れてみてください。
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