優秀な部下が、無能な上司の「都合のいい下請け」にされるバグ。尻拭いに疲れた私が、冷徹に手を引いた記録

「……結局、全部私がやるのか」
長年この会社で働いて、一つの残酷な法則に行き着きました。
それは、「仕事が早い人は早く帰れるわけではなく、仕事ができない人の分まで働かされるペナルティを受ける」という事実です。
掃除が上手い人にばかりゴミが回ってくるのと同じで、この組織には次のような「バグ(設計ミス)」が定着しています。
優秀であればあるほど、基本給という定額(サブスク)で、上司に私の労力をタダ乗り(フリーライド)される。
私がコストを払えば払うほど、上司の利益に変換されていくバグです。
この理不尽なペナルティに、いつまで耐えなければならないのか。
これは、会社を良くしようとする無駄な努力をやめ、これ以上自分が損をしないために「優秀な部下」という無料サービスを終了した、ある日の記録です。
私が尻拭いをするほど、上司が「マネジメントの達人」に昇格していくバグの正体
上司の仕事の遅れをカバーするために、休日のチャットに即レスし、期日ギリギリの資料を私が残業して作り直す。
他部署が怒り出す前に、私が裏で調整を済ませておく。
一見すると、これはチームを円滑に回すための必要なフォローに見えます。
しかし、この善意の尻拭いこそが、自分が搾取される最悪のシステムを構築していました。
私が先回りして火種を消せば消すほど、プロジェクトは「何事もなかったかのように」期日通りに進んでしまいます。
すると上層部は、結果だけを見て「あのチームはいつも波風立たずに終わる。上司のマネジメント能力が高いからだ」という間違った評価を下すのです。
つまり、私が自分の時間と体力を削ってフォローすることは、会社に貢献しているのではなく、上司の評価を自動で釣り上げる「無料の代行サービス」でしかありませんでした。
アイツをつけ上がらせ、無能さを隠すための「共犯者」になっていたのは、他でもない私自身の働きだったのです。
その事実に気づいたとき、私は会社のために120%の力を出すことを、完全にやめました。
なぜ「有能」に振る舞うほど首が絞まるのか?正論に裏切られた3つの記録
世の中のビジネス書には「当事者意識を持て」「チームのために動け」という綺麗な正論が溢れています。
私もかつてはそれを信じ、仕事ができる人間になろうとしていました。
しかし、無能な上司の下で有能に振る舞うことは、自分から「都合のいい下請け業者」に成り下がるだけの、完全なセルフ罰ゲームでした。
①「チームに貢献せよ」の罠:一度手伝った仕事が、一生自分の「基本ノルマ」に追加されるバグ
上司が終わらせていない仕事を「チームのためだから」とタダで肩代わりしていた時期がありました。
しかし、この会社では「一度でもやってくれた仕事は、次からその人の担当になる」という最悪のルールが発動します。
「君のほうが早いから」という都合のいい言葉で、上司の仕事は減り、私の基本ノルマだけが永遠に増え続けていきました。
善意のサポートが、自分の首を絞める鎖に変わったのです。
②「先回りして動け」の罠:私がトラブルを防ぐほど、上司の「手柄」が増えていくバグ
問題が起きる前に、私が裏でこっそり調整して火種を消しておく。
するとどうなるか。
上司は「自分は何もしていないのに、プロジェクトが問題なく終わった。
つまり自分の指示が完璧だったのだ」と勘違いします。
私が先回りして頭を使えば使うほど、上司の「優秀なマネージャー」という実績が作られ、アイツはさらに何もしなくなる。
完全な骨折り損以外の何物でもありませんでした。
③「プロ意識を持て」の罠:早く終わらせると「暇な人」認定され、他人の残飯が回ってくるバグ
「給料をもらっている以上、最高の仕事をしよう」と、常に120%の力で完璧に仕上げようとしてしまう。
しかし、無能な上司はクオリティの違いなど見ていません。
彼らが見ているのは「私が早く仕事を終えて、手が空いているかどうか」だけです。
効率よく仕事を終わらせても、「じゃあ、これもお願い」と上司が放置していた面倒な作業を押し付けられるだけ。
有能さを証明しようとするほど、理不尽な労働が増えるシステムだったのです。
「良き部下」を廃業し、必要最低限の仕事だけにすると決めた
私が上司の分まで働いてチームを回しても、給料は1円も上がりません。
私が先回りしてフォローするのをやめれば、このチームは遅かれ早かれ回らなくなるでしょう。
しかし、それは「仕事ができない上司を配置した会社側の責任」であって、私がプライベートを犠牲にしてカバーすべき問題ではありません。
それに気づいた瞬間、私は「良き部下」であることをやめました。
あえて「上司から直接指示されたこと」しかやらないと決めたのです。
トラブルの火種が見えても、指示されていなければ口を出さずに放置する。
上司の指示に不備があっても、良かれと思って勝手に修正するのをやめる。
会社への期待を完全に捨て、ただ言われたことだけを淡々とこなす。
余った時間と体力は定時で帰って自分のためだけに使うと、心の中で線を引いたのです。
ただ「放置する」だけでは、自分が責任を問われてしまう
上司の尻拭いをやめると決めたものの、ただ仕事を投げ出すだけではうまくいきませんでした。
無計画に手を引いて放置すれば、トラブルが起きた時に「現場担当者」として自分が責任を問われたり、「協調性がない」と悪者にされたりするリスクがあったからです。
「周りの目なんて気にせずドライに割り切ろう」と思っても、気持ちの切り替えだけでうまくいくほど、職場は単純ではありません。
自分が放置した仕事が後輩に丸投げされ、職場の空気が悪くなれば、結局「助けなかった自分」への罪悪感や居心地の悪さを感じてしまいます。
無意識に染み付いた「つい手を出してしまう癖」や、断った後の「罪悪感」は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。
罪悪感に負けず、波風立てずに「回避する」仕組みを作る
上司と正面衝突したいわけでも、職場で浮きたいわけでもありません。
だからこそ、職場の線引きを「気合い」や「精神論」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、ドライに突き放す強い心を持つことではありません。
上司を怒らせず、周囲にも迷惑をかけず、「都合のいい下請け」になるのを波風立てずに回避するための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が都合のいい「便利屋」を抜け出し、自分のタスクだけをこなして定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で消耗する前に、この「作業として断る仕組み」を取り入れてみてください。
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