「自分の仕事しかしない上司」への期待をやめた日。「ただの隣席の人」と割り切り、自分の心を守り抜く生存戦略

「なんで同じチームなのに、私一人でトラブルの処理に追われているんだ」
チーム全体に関わる問題が起きて、こちらが他部署への謝罪や調整に追われている横で、ふと隣を見ると、アイツはPCの画面から一切目を離さず、自分の担当業務だけを進めていました。
同じ島に座り、同じチームという名目で括られているはずなのに、実務の実態はただの「無関係な人」です。
「上司なのだから、こういう時こそ状況を整理して指示を出してくれるはずだ」。そんな当たり前の期待を抱いていたせいで、私は勝手に裏切られた気になり、一人で消耗していたのでした。
これは、「チーム」という都合のいい言葉にすり減らされる前に、上司が「チームを導く人間ではない」という事実を理解し、ただの「隣席の人」として割り切るまでの記録です。
自分の仕事しかしない上司の視界には、「自分のタスク」しか入っていない
他部署を巻き込むトラブルが起きたときでした。
部下がどれだけ業務を抱えていても、他部署からのクレーム対応に追われていても、アイツの視界には「自分のタスク」しか入っていません。
トラブルの報告をしても、「ふーん。まあ、うまくやっといて」と、マウスの操作すら止めずに他人事のように返されるだけ。
最初は「上司なんだから対応してほしい」と怒りが湧いていましたが、あまりの無関心さに、私はある事実を理解しました。
この人はチームを導く「上司」ではなく、自分のタスクを消化するためだけに、たまたま隣の席に座っているだけの「無関係な人」なのだと。
根本的に機能していない組織において、彼らに「上司としての役割」を期待すること自体が、間違いの始まりだったのです。
なぜ正論は通用しないのか?上司を巻き込もうとして私が自爆した3つの記録
世の中のビジネス書には、「上司を早めに巻き込め」「チームで成果を出せ」といった聞こえの良いノウハウが溢れています。
しかし、それらの正論は、相手が「チームをまとめる意志のある人間」であることが大前提です。
自分の仕事しかしない上司に対して、その前提を持ち込んだ私は見事に失敗しました。
①「早めに相談する」を試すも、他人事として流され時間を無駄にした
まずは基本中の基本である、現状の共有から試みました。
問題が大きくなる前に「今、こういう状況で手が回らなくて」と相談し、チームとしての対応を促そうとしたのです。
しかし、返ってきた言葉は「ふーん、大変だね。で、どうするの?」でした。
マウスをスクロールする手すら止めずに返されたその言葉に、私はそれ以上会話を続けるのをやめました。
完全に他人事です。解決策を一緒に考えるわけでも、業務を調整してくれるわけでもなく、ただ自分の時間を無駄に消費しただけでした。
②「自分が雑務を巻き取る」と、上司は自分のアピールに専念し私の作業量だけが増えた
「上司に余裕がないから周りが見えないのだ」と好意的に解釈し、アイツの雑務を私が引き受けてみたこともありました。
時間ができれば、少しはチーム全体の状況を見てくれるだろうという淡い期待からです。
しかし、余裕ができた上司の目は、決して現場には向きませんでした。
浮いた時間で、上司は自分の評価に繋がる上層部への報告資料を作り始めました。
挙句の果てには「最近、仕事が回り始めていい感じだね」と的外れな感想を言われる始末。
単純に私の作業量だけが増えて終わりました。
③「チームの目標を共有」した結果、「君の担当でしょ」と線を引かれ孤立が深まった
次に、ミーティングの場で「チームとしての目標」や「チームで助け合うメリット」を提案してみました。
チーム全体の成績が上がれば、自分の評価にも少しは繋がるだろうという淡い期待もありました。
しかし、これが完全に逆効果でした。
「それは君の担当業務でしょ。自分の仕事は自分で責任持たないと」と明確に線を引かれてしまったのです。
チームで助け合う空気を作るどころか、上司に「手伝いを断る正当な口実」を与えてしまい、私の孤立はより一層深まる結果になりました。
評価されるための努力は割に合わない。「給料分の仕事」だけをすると決めた
チームの成果を上げても自分には還元されません。
上司が自分の保身とタスク消化にしか興味がない以上、ここで頑張り続けるのはただの「割に合わない作業」でした。
私が他部署との調整やトラブル対応に走り回っても、最終的な成果は「チームの成績」として上司の手柄になります。一方で、私が疲弊して倒れても上司の評価は痛まない。そういう構造になっていたのです。
この事実を理解したとき、私は「チームのために」とか「上司に評価されるために」と動くのをやめました。
もう、自分の評価に繋がらない他人のための仕事で、自分をすり減らすのをやめようと決めたのです。
転職活動をする気力も残っていなかった私は、今の職場でやり過ごすため、自分も「給料分」の担当業務だけを淡々とこなすことにしました。
チームの課題や上司の遅れに気づいても、あえて口出しはしない。ただ自分の作業だけを終わらせて定時を迎える。それが、当時の私が選んだ現状維持の防衛策でした。
「気にしない」と決めても、視界に入る理不尽までは防げなかった
心の中で「アイツはただの隣の人だ」と割り切れば、それだけでストレスが消えると思っていました。
しかし、実際の職場ではそう簡単にいきません。
自分の担当業務だけをやると決めたものの、上司が放置したトラブルの電話は結局、チームの代表電話を取る末端の私に回ってきます。
こちらがその処理に追われているすぐ横で、当の上司は自分の作業だけを終わらせて定時に帰る準備をしている。
その姿が視界に入るたび、頭では「気にするな」と分かっていても、どうしてもイライラして無駄にエネルギーを消費してしまいます。
「相手に期待しない」という気持ちの問題だけでは、目の前で起きる理不尽な光景からのストレスを完全に防ぐことはできなかったのです。
ただ心の中で割り切るだけでは、結局自分のメンタルを削り続けることになります。
精神論に頼らず、隣席の「ノイズ」を作業として受け流す仕組みを作る
上司と正面衝突したいわけでも、職場で言い争いをしたいわけでもありません。
ただ、涼しい顔で帰っていく姿への徒労感は、気持ちだけで抑えきれるものではありませんでした。
だからこそ、自分を守ることを「メンタルの強さ」や「精神論」で解決しようとするのはやめました。
私に必要だったのは、相手を説得するコミュニケーション能力でも、理不尽な光景に耐える気合いでもありません。
隣席のノイズを角を立てずにスルーし、ただの「作業」として受け流すための「事務的な手順(具体的な立ち回り)」だったのです。
私が都合のいい「チームという言葉の犠牲者」を抜け出し、自分の心身を守りながら定時で帰るために使っている、具体的な3つの手順を次にまとめておきます。
精神論で無理をして消耗する前に、この「作業として受け流す仕組み」を取り入れてみてください。
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