評価されないのがつらい…と泣いた夜の記録。狂った採点機から卒業して静かに生き残る術

評価面談の帰り道、立ち寄ったコンビニの白い照明が、やけに目に沁みて痛かったこと。
弁当を選ぶ気にもなれず、缶コーヒーだけを握りしめて帰った夜のこと。
「君の頑張りは見ているよ。でも、今回は相対評価だから」
「部署全体のバランスもあってね。今回はB評価ということで」
会議室で上司の口から出たのは、何度目かもわからない使い古された言い訳でした。
誰かが体調を崩せば、文句も言わずに穴を埋めた。
上司が投げ出した面倒なクレーム対応も、率先して泥をかぶった。
終電近くまで残業して、チームの数字が落ちないように必死で支えてきた。
それなのに、S評価をもらって昇進していったのは、面倒な仕事を「それは私の担当外なので」と涼しい顔で私に押し付け、要領よく自分の数字だけを作った同僚でした。
「こんなに会社のために尽くしているのに、なぜ?」
悔しさというより、鉛を飲み込んだような深い徒労感で、帰りの電車の窓枠がぐにゃりと滲みました。
あの夜の私は、「結局、私には能力がないんだ」「もっと頑張らなきゃいけないんだ」と、自分を責めることしかできませんでした。
でも、3年間の「都合のいい便利屋」生活を経て、心身ともにすり減りきった今なら、はっきりとわかります。
私が評価されなかったのは、能力が低いからでも、努力が足りないからでもありませんでした。
ただ、「狂った採点機」の上で、必死に満点を取ろうとしていただけだったのです。
この記事では、かつての私のように「評価されないつらさ」に押しつぶされそうになっているあなたへ、私が這い上がった(というより、上手く逃げた)記録をお話しします。
「都合のいい便利屋」になっていた私。いくら頑張っても評価されない本当の原因
まずは、私がどっぷりと浸かっていた「泥沼」の話をさせてください。
当時の私は、「評価されないのは、まだ私に足りないものがあるからだ」と信じ込み、さらに他人の仕事まで抱え込んでいました。
誰も触りたがらない、数年前からマクロが壊れたまま放置されている共有Excelの修復。
上司の思いつきで前日の夕方に振られた、誰も読まない定例会議用の無駄なグラフ作成。
誰かが風邪で休めば、自分の業務を後回しにして客先へ頭を下げに行きました。
「〇〇さんがいてくれて本当に助かるよ」
「やっぱり〇〇さんに任せるのが一番安心だね」
上司や同僚からのこの言葉を真に受けて、私は「縁の下の力持ち」として奔走していました。
それが組織人としての誠実さであり、いつか必ず報われると信じていたからです。
けれど、いざ蓋を開けてみると、評価シートに「他人の尻拭いをした回数」や「職場の空気を良くしたこと」を書き込む欄なんてありませんでした。
会社という組織において、「みんなのために泥をかぶる人(便利屋)」は、決して「評価される人」ではなかったのです。
むしろ、「あいつに振っておけば文句を言わずにやってくれる」「どうせ辞めないだろう」と都合よく消費され、正当な評価の土俵にすら上げてもらえない。
私は自分で自分を、そんな「舐められるポジション」に置いてしまっていました。
それに気づいたとき、上司への怒りよりも、「私のあの眠れない夜の努力は、一体何だったんだ」という静かな絶望が押し寄せてきました。
正当に評価されないのは当然だった?上司もまた「評価の素人」に過ぎない
「なぜ上司は、私の本当の貢献を見てくれないのか?」
「なぜ、表面的な数字や、声の大きい人間ばかり評価するのか?」
ずっと上司を恨んでいました。
しかし、ある出来事を境に、その怒りは冷ややかな「諦め」へと変わりました。
私が週末を潰して必死にまとめた競合分析の資料を、上司は内容に一切触れることなく、「ここのフォント、MSPゴシックに直しておいて」とだけ言って突き返してきたのです。
そのくせ、さらに上の役員がフロアを通りかかった時は、額に不自然な汗を浮かべて必死に愛想笑いを浮かべていました。
その光景を見た瞬間、ふっと何かが吹っ切れました。
私の上司は、上層部の顔色をうかがうことには長けていても、部下の仕事を正しく見て、適正に評価する「マネジメントの訓練」なんて一度も受けていないのではないか、と。
自分がプレイヤーとして優秀だった(あるいは運良く数字を作れた)から出世しただけで、人を評価するスキルなんて全く持ち合わせていない。
ただ、目立つ実績や「自分への従順さ」という、わかりやすい指標でしか人を測れない「評価の素人」だったのです。
それに気づいた瞬間、ふっと肩の力が抜けました。
「なんだ、私がダメなんじゃない。テストの採点機が最初からぶっ壊れていただけなんだ」と。
壊れた体重計に乗って「一向に痩せない」と泣いているのと同じです。
上司という「個人」に期待し、「わかってほしい」と願うから苦しかったのです。
上司を「絶対的な審判」ではなく「組織の壊れた部品のひとつ」として冷めた目で見られるようになったとき、あれほど重かった胃の痛みが、少しだけ和らぎました。
評価されない「つらい」日々を手放す。会社からの承認という麻薬を断ち切る
採点機が壊れている場所で、自分の心をすり減らしてまで満点を取ろうとするのは、もうやめよう。
そう決めた私が始めたのは、会社に反発することでも、劇的な転職活動をすることでもありません。
ただ、「会社からの評価」に依存するのをやめたのです。
「上司にどう思われるか」
「次の査定でA評価を取れるか」
そんな他人が握っている物差しを捨て、「自分がどう生き残るか」だけを考えるようにしました。
とはいえ、今まで「いい人」をやってきた人間が、急に手を抜くのは想像以上に怖いものです。
初めて上司の無茶振りに「今抱えている業務があるので、それは私の担当外です」と口にした時、心臓が破裂しそうなほどドクンと鳴り、嫌な汗が背中を伝いました。
自分が手を出さなかったせいで、案の定チームの仕事が滞りかけた時は、吐き気にも似た罪悪感に襲われました。「やっぱり私がやらなきゃダメなんだ」と、何度も元に戻りそうになりました。
でも、ぐっと堪えて、やり過ごす。
誰でもできる雑務は、理由をつけて少しずつ手放すか、最小の労力で片付ける。
「やりがい」や「チームのため」という言葉に搾取されないよう、明確に線を引く。
それを繰り返していくうちに、不思議なことが起きました。
社内評価を諦めて「低空飛行で生き残る」ことに腹を括り始めたら、上司の理不尽な言葉も、要領のいい同僚の振る舞いも、ただのBGMのように聞き流せるようになったのです。
心の中に「本当のボスは自分だ」という確固たる軸ができたからです。
最後に|あなたは、評価シートの記号よりもずっと価値がある
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今、面談でB評価を告げられ、帰り道で涙をこらえているあの日の私に声をかけるなら、こう言います。
「その紙切れの評価は、あなたの価値の全部じゃない。狂った物差しで自分を殴るのはもうやめなさい」と。
誠実に、泥臭く働いてきたあなたが、たかだか一人の素人上司の判断で、自分を嫌いになる必要なんてありません。
まずは今日、あなた自身が、あなたを評価してあげてください。
「あんな理不尽な職場で、今日も一日よく耐えて帰ってきたね」と。
ただ、明日からもまた、あの職場での毎日は続きます。
真面目なあなたほど、「評価を気にしない」と頭ではわかっていても、実際にどう立ち回ればいいのか、どうやって会社と距離を置けばいいのか、戸惑ってしまうはずです。
「頑張るのをやめたら、クビになるんじゃないか?」
「見捨てられて、居場所がなくなるのが怖い」——痛いほどわかります。
かつての私がまさにそうでしたから。
でも大丈夫です。
会社と戦う必要も、明日すぐ辞表を出す必要もありません。
評価という鎖を断ち切り、誰にも文句を言われずに、今の場所で安全に「低空飛行」を続ける具体的なやり方があります。
狂った採点機から降りて、あなたの心と生活を取り戻すための最初のステップを、次の記事にまとめました。
暗闇の中の小さな「お守り」として、どうか読んでみてください。
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